〜矛盾抵抗の美・要白の美〜

書業六十五年記念
井茂圭洞 展


● 10月4日〜14日
● 和光本館 6F 和光ホール

 書業六十五年を記念して井茂圭洞展が、銀座和光で開催され多くの展覧者で盛会となった。
 周知のとおり、圭洞氏は昨年に文化功労者の顕彰を受け、今年の3月24日に神戸で祝う会が、約1200名の参加のもと盛大に開催された。正にその勢いを引き継いだ渾身の書展となった。
 今展には、深山龍洞師の書理論「矛盾抵抗の美」と自らの実践により体得した「要白の美」をいかんなく発揮した、大作の屏風から軸装、額装、留袖まで40数点が展示された。大作の横展開の作品については日展、読売等で繰り返し記したので、今回は小品と超縦型作品をピックアップさせて頂き井茂圭洞の美論を探っていきたい。
 興味ある1点が「石竹花」。実は井茂氏は赤い料紙に同じ歌を書いている。こちらの書出しは、「なでしこが」である。石竹花は「唐なでしこ」と呼ばれ、平安時代に日本に入ってきた。だから奈良時代は「なでしこ」が正解であろうが、氏はあえて書としての構成美を意識して書いたのではないかと思われる。旅人の子息である家持は越中国に5年間国司として赴任、その3年目に奈良に残した幼なじみの妻(坂上大嬢)を可憐ななでしこに譬えて詠んだ歌。激しい感情を押さえた愛しい思いである。それが、なでしこの絵版ある料紙によくフィットしている。絵部を挟んで繊細と大胆な線が融合する。特に、中央部の異質とさえ思われる「ゑ」の存在、正に矛盾抵抗の美の神髄であろう。小品に垣間見せる繊細な感性の機微。これも井茂氏の一面である。
 そして、もう1点の「朝露」も家持の歌。この歌は国司として赴任した年に詠まれたと思われる。紫紙に赤金の作品だが、文字が前面に飛び出してこない。どちらかと云えば煌めきながらフェードアウトするような感覚である。「高円〈奈良の山〉の野辺の秋萩は、この頃の暁に露を身に受けてもう咲いてしまったんだろうなぁ」との意。山向こうに向かって思いを投げかけるような構成、特に「秋」の一字が大きな核となって下の絵紋と対比している。和泉式部集にみた奥底に潜む書美、その思いが延々と今も息づいている。更なる高みへと続く道だ。(松)

 

 


石竹花(大伴家持)37.0×38.0 cm

朝 露(大伴家持)138.0×35.0 cm