第30回読売書法展より
― 要白の美―

日本藝術院会員
読売書法会最高顧問


井茂 圭洞

 

 昨年、平成24年度の日本藝術院会員に就任された井茂圭洞氏の第30回読売書法展出品作「花の精」を紹介する。万葉集より、花を詠み込んだ三首を撰文(巻十春の雑歌・1861〈読み人しらず〉―櫻、巻十秋の雑歌・2185〈読み人しらず〉―紅葉、巻五春の雑歌・828〈大判事丹氏麿〉ー梅、の順)して構成した作品である。   
 今回も初日に会場に伺ったが、役員作品の中で一際輝いていた作品が瞬間的に目に止まった。それが井茂圭洞「花の精」であった。作品から離れても細い線までがしっかりと見えて潤墨部との呼応するリズム感が伝わってくる。墨が紙裏にきっちりと入っているからだが、墨の発色も良く正に「墨がたっている」。漢字作品の中にあって、存在感に於ていささかも負けていないばかりか、際だっているのである。昨年の「懐い〈おもい〉」もその構成の妙に驚いたが、今作も実に視点誘導が巧みである。
 「ハる佐め尓」と細く切り込んだ書きだしから、継墨による微妙な潤渇リズムで4行目の潤墨展開部へとゆっくり視線を導いて、次行の紙面下部まで貫く渇筆から潤筆変化で前の展開部を受けとめ、且つ前4行の下部に空間余白を形成させている。実はそこに構成的な井茂マジックが存在する。一見5行目で視線が遮られているかのように見えるが、その裏に反復性を喚起させているのである。視線は5行下から右下の余白部に留まりながら改めて1行目から5行目までをなぞっていく。そして、今度は何でもないように6行目に導かれて余韻の流れを展開していくのである。更に前4行に視線を導く工夫があることも見逃せないポイントだろう。各行頭と行末の位置が緩やかな円弧を描いているが、行頭は「ハ」が「大」より少し低く、逆に行末は「て」が「盈」より高く配置されている。4行目の重量感ある潤墨展開部がやや上にあることと相まって、カーブにそって視線はゆっくりと導かれるのである。
 これも右下の絶妙な余白があってこそ。深山龍洞師の教えの中で最も重要視している「要白の美」といえるだろう。(松原)

 

 

 


春雨に爭ひかねてわが屋前の 櫻の花は咲き始めにけり 
 他二首(大判事丹氏麿・他)        90×172