第29回読売書法展より
―静かな調子の中での動を―
井茂 圭洞
第29回読売書法展より常任総務・井茂圭洞氏(一東書道会会長)の作品を紹介させて頂いた。今回は万葉集より山上憶良の歌3首を11行に書き下した作品で、これまでより全体的に抑えたイメージが窺えた。「渇筆、紙面の白さの美を考えて、可能な限り墨量を節しました。左辺上部の要白の美を狙ってみました」とはご本人の趣意文だが、「歌のこころ」が今の自分に響いてくる素朴な歌を撰文しようと思う気持ちが近年強くなり、洗練された古今集、新古今より万葉集を、またより素朴で神話的な古事記にも魅かれるとお聞きした。
ここで改めて作品を見てみよう。「天さかる」と渇筆小字の単字からじっくりと入って2、3行に繋ぎ、4〜5行で一気に盛り上げて、その後は余韻を楽しむように抑制された墨量と渇筆のゆらぎで視線を最終部まできっちりと導いていくが、大胆な用筆の「し」の存在が5行目のポイントをうけとめて且つ5〜8行上部の余白を輝かせている。全体が静かな調子に見えるのだが、その中に動感を内包する構成的なマジックが存在する。それは書き出し上下に流れる余白で、下部の流れは5行目のポイントで遮られ、その行をより意識させる役割を果たす。一方上部の余白は「し」の部分まで流れており、視点を誘導すると共に行間呼応の十分な響き空間を形成している。そして2度目の8〜9行目の展開部を創り出しているのである。圭洞氏の狙いは正に静の中の動、その実現の裏に絶妙な余白があることが判る。その余白を氏は「要白」と呼び、深山龍洞師の教えの中で最も重要視していると言う。 小学1年生の時、結核性膝関節炎に罹り、戦時中のため充分な治療が出来なかった圭洞氏。医者になり罹病に苦しむ人を助けたいと、名門の進学校に入学。それが深山龍洞師との出会いを生むのだから人生とはドラマである。平成13年の第33回日展に於いて内閣総理大臣賞、平成15年日本芸術院賞を受賞。その後、日本書芸院理事長に就任し、任期中に多くの改革を成し遂げている。更なる活躍を期待したい。(松原)
