―重厚性を瞬時に定着させた大字かな―第40回読売書法展に出品された黒田賢一最高顧問の一作を紹介する。2点出品の内、かな系調和体作は8面に掲載した。秋風の吹き扱(こ)き敷ける花の庭清き月夜(つくよ)に見れど飽かぬかも万葉集に収まる大伴家持歌である。言わずもがな黒田賢一作にはこれまで何度となく接してきた。そしてその都度、その洗練されたかな美が生まれる所以を考えていた。ある時、黒田の揮毫シーンを直に見られる機会があった。取材とはいえ、殊のほか楽しみに出向いたものである。そして現場で見た衝撃のシーンは今でも脳裏に焼き付いている。先入観とは恐ろしいものだということを教わった時間でもあった。これだけの大字かななのに使用していた筆は小筆とも見紛う短鋒。そこから繰り出される運筆は実に堅実で、じっくり鋒を紙目に埋め込むようにして潤渇の線条が露わになる。これを見た時、黒田が鋒先に込める思いの強さというものも認識できたのである。ある動画で黒田が臨書について語る場面があった。「全臨はあまりやらない、それよりも部分臨書。一頁とか一首に絞る。それを徹底的にやる」(筆者要約)。なるほどこの話を聴くと、前述の揮毫シーンの解を得たかもしれない。つまり古筆の細な部分まで徹底して観察し、寸分たがわない鋒先の動きを追体験することの重要性。それが大字かな表現にも通じているのではないか。更には「ときには全臨もしましたが、やりきったという自己満足に終わると思い、自分の身につけるための方法として一首や好きな部分を徹底的にやりました。身につけることは頭の理解ではなく体で覚えることです。実際の書作では瞬時な判断が求められ、頭で考えていては間に合いません。特に自分の好きな部分、魅力を感じる部分の臨書であれば自然と身についてくると思います」(芸術新聞社刊「38の書斎 書家が語る文化と墨縁」より)とも。快作を生むためにはこれほどまでの下地が必要であることを、今作を見ながらも存分に思わせてくれた。そして今作には新たな視点が加わっていることにも気づく。それは黒田自身も言う重厚性だ。それを第一に求めたらしい。確かに初見時から何かの違いを感じていた。それが何かすぐ見極められなかったのは筆者が安易だったからだ。重厚の定義の一つ、骨力だ。潤に渇に見る鋼のような強さの線、それを瞬時に定着した書面は自信と技量の高さに溢れている。文化功労者/日本藝術院会員/日展副理事長/日本書芸院最高顧問/正筆会会長 (篠原)秋風の吹き扱き敷ける花の庭 清き月夜に見れど飽かぬかも (万葉集 大伴家持)
―重厚性を瞬時に定着させた大字かな―
第40回読売書法展に出品された黒田賢一最高顧問の一作を紹介する。2点出品の内、かな系調和体作は8面に掲載した。
秋風の吹き扱(こ)き敷ける花の庭清き月夜(つくよ)に見れど飽かぬかも
万葉集に収まる大伴家持歌である。言わずもがな黒田賢一作にはこれまで何度となく接してきた。そしてその都度、その洗練されたかな美が生まれる所以を考えていた。ある時、黒田の揮毫シーンを直に見られる機会があった。取材とはいえ、殊のほか楽しみに出向いたものである。そして現場で見た衝撃のシーンは今でも脳裏に焼き付いている。先入観とは恐ろしいものだということを教わった時間でもあった。これだけの大字かななのに使用していた筆は小筆とも見紛う短鋒。そこから繰り出される運筆は実に堅実で、じっくり鋒を紙目に埋め込むようにして潤渇の線条が露わになる。これを見た時、黒田が鋒先に込める思いの強さというものも認識できたのである。ある動画で黒田が臨書について語る場面があった。「全臨はあまりやらない、それよりも部分臨書。一頁とか一首に絞る。それを徹底的にやる」(筆者要約)。なるほどこの話を聴くと、前述の揮毫シーンの解を得たかもしれない。つまり古筆の細な部分まで徹底して観察し、寸分たがわない鋒先の動きを追体験することの重要性。それが大字かな表現にも通じているのではないか。更には「ときには全臨もしましたが、やりきったという自己満足に終わると思い、自分の身につけるための方法として一首や好きな部分を徹底的にやりました。身につけることは頭の理解ではなく体で覚えることです。実際の書作では瞬時な判断が求められ、頭で考えていては間に合いません。特に自分の好きな部分、魅力を感じる部分の臨書であれば自然と身についてくると思います」(芸術新聞社刊「38の書斎 書家が語る文化と墨縁」より)とも。
快作を生むためにはこれほどまでの下地が必要であることを、今作を見ながらも存分に思わせてくれた。そして今作には新たな視点が加わっていることにも気づく。それは黒田自身も言う重厚性だ。それを第一に求めたらしい。
確かに初見時から何かの違いを感じていた。それが何かすぐ見極められなかったのは筆者が安易だったからだ。重厚の定義の一つ、骨力だ。潤に渇に見る鋼のような強さの線、それを瞬時に定着した書面は自信と技量の高さに溢れている。
文化功労者/日本藝術院会員/日展副理事長/日本書芸院最高顧問/正筆会会長 (篠原)
秋風の吹き扱き敷ける花の庭 清き月夜に見れど飽かぬかも (万葉集 大伴家持)