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Work No.14

鬼灯を口に…

第55回現代書道二十人展(2011.03)
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第55回記念現代書道二十人展より黒田賢一氏の扇面作品「長塚節」を紹介させていただく。「鬼灯遠口二ふ久美て奈ら春許と蛙八那求毛夏の浅夜を」と5行に扇面の角度に微妙に抗って流れる筆線、「二」一文字の散らしも憎いが、その中3行が、かすかな風の流れを生み視線を左へと導く。直筆の突き入れた切れの良い極細から細、中肉と変化する線の呼応リズムが実に爽快で、渋い利休茶色の料紙に静かに深く響いてくる。そして広い行間の間がその響きを包み込む。大字の清烈な作品が黒田調の真骨頂であることに異論はないが、繊細な内面描写を合わせ持つことを改めて認識した。
黒田賢一氏は、昭和22年兵庫県姫路市に生まれた。書との出会いは姫路高校の時で、選択科目で書を選んだことが発端である。高校では月一度の研究会に西谷卯木を招いており、卯木の目に留まることになる。「黒田を自宅によこせ」と言われ、通いの内弟子となるのである。そこから書の世界にのめり込んでいく。その当時西谷卯木は安東聖空から正筆会の会長を引き継ぎ、日展会員に就任した頃と思うが、卯木への傾倒と共に書の本道へ自ずから身を置く事となるのである。昭和44年22歳で日展に初入選を果し、その後、日展連入、毎日展で毎日賞を受賞し順風にのる勢いであったが、昭和54年突如として大きな試練に遭遇する。西谷卯木師の急逝である。大きな支えを失ったが、ここから氏の本領が発揮されたと言って良いだろう。関戸、一条などの古筆ばかりか王羲之、何紹基、趙之謙など漢字系まで積極的に研究、自身のかな表現を探ったという。それが今に生きているのだ。二度目の日展特選を受賞し、書家としての地位を確立したのは平成2年、その翌年黒田氏は44歳という若さで正筆会の理事長に大抜擢される。相次ぐトップの逝去による正筆の存亡の危機に大改革が実施された。30年もの若返りだったが、ベテラン書家の支えもあり黒田氏はその期待に見事に応えた。
平成13年現代書道二十人展のメンバー入りを果し、平成22年日展内閣総理大臣賞を受賞、今や正筆の長であるばかりか、日本のかな書の若きリーダーとしての期待の星といえる。(松原)

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鬼灯を口に… — 黒田賢一