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Work No.6

白居易「長恨歌」

第3回中村雲龍書展(2016.12)
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—心音の響き—
● 11月22日(火)〜27日(日)
● セントラルミュージアム銀座
毎日書道会監事、日本書道院会長の中村雲龍氏が同院65周年記念事業の一環で「心音の響き」と題した喜寿の書展を開催する。
これまで2回の書作展を開催しているが、1回目はミレニアムの年(2000年)、還暦を迎えた2ヶ月後の4月に開催。この個展には57点が並んだが、約10点が近代詩文書の作品であった。
そして初個展の翌年、中村雲龍会長の就任が決まった。田中凍雲氏88歳から61歳に一気に若返った日本書道院、実は初個展以前から、雲龍氏は近代詩文書の重要性を感受して日本書道院の作品構成を改造したいと思い続けていたようで、自社中・開玄社の「中村雲龍とその仲間達」展でいち早く近代詩文書の取り組みを始めており、それに加えて、大字書、スクエアーの紙の使用など、これまでの書展の会場とは異なる日本書道院独特の書空間を創りあげようとしていたのである。2回目の個展は2005年、会長就任4年目。漢字作品6点、近代詩文書作品7点の計13点の大作のみの陳列は、率先して進めてきた自らの信念を証明するかのような個展の開催となった。いかにもお酒が友で自然体の雲龍氏ならではの嗜好が窺える〈酒のうた 自然のうた〉がテーマで、書きたいものをどう表現して見せるか、自身の思い、思想を漢字と近代詩文書に込めた。
あれから11年、日本書道院展は漢字、近代詩文書、大字少字数、かな部門を有して見せ場ある書空間の会場を年々充実させてきたが、開玄の創設時代からの愛弟子・駒崎成峰、実弟の中村旭鳳の急逝の悲しみ、悔しさを乗り越える中村雲龍がいた。4年ほど前に笹波系の実力者三宅相舟氏を招聘し、かな部門に一層の厚みを加えた。そして一昨年、101歳で亡くなった田中凍雲名誉会長を恙なくおくった。
これまで日本書道院の改革一筋に尽力してきたが、喜寿を前に自分自身の「書」の有りようを考えたのであろう。そして原点(鄭道昭)に一度立ち帰り、自分が書に何を見いだそうとしたのかを熟考した第3回個展「心音の響き」。圧巻は20連の「長恨歌」、一度は全文を書いてみたかったと言う白楽天の歌である。30年前の紙に径1㎝、長10㎝の羊毛筆。今回、ある女性を思いながら熱く書いたとの作者の一文がある。盛会を乞う。(松原)
白居易「長恨歌」205×68.5×20幅

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白居易「長恨歌」 — 中村雲龍