第99回白日会展より


会 長 中山忠彦
副会長 山本眞輔


●3月23日〜4月3日
●国立新美術館


 白日会の創立は大正13年(1924年)1月、同年6月に第1回展が開催された。今年、第99回展を迎えたが、先の95回記念展で併催した特別陳列「白日会中興の祖―伊藤清永展―」に続き、100回展のイブ企画「先達を偲ぶ」と題し、平松譲、柳沢淑郎、伊藤利行、市村緑郎(彫刻)を顕彰する特別陳列が併催された。来る100回記念では創立会員をはじめ、当会で重要な働きをされた作家達の顕彰が実施される。
 今回の巻頭は、絵画部及び彫刻部の審査委員長の中山忠彦会長、山本眞輔副会長を紹介したい。
 中山忠彦氏は1935年小倉市(現北九州市)生まれ。9歳で大分に疎開、戦後大分の県立中津西高に入学、その年県展に初出品入選、翌年の田能村竹田を偲ぶ美術展で県知事賞。叔父より油絵具一式を贈られる。18歳で上京し大垣誠三氏より伊藤清永氏に紹介され、清永氏の勧めで阿佐ヶ谷洋画研究所に入るも、その年に伊藤絵画研究所が開設され内弟子として入門、次年の第10回日展に初入選、23歳で白日会の会員に推挙された。その後、会津若松への写生旅行中に、中山氏に後々のベストモデルとなり、最愛の妻となる「若林良江さん」との運命の出合いが起こる。紙面の都合割愛するが、二年後、30歳で結婚し、妻をモデルとした人気シリーズがスタートするのである。圧倒的な支持をうけて52歳で日展会員、61 歳で日展内閣総理大臣賞、63歳で日本藝術院賞、日本藝術院会員に登りつめた。その後、伊藤清永の逝去後に白日会会長に、平成21年から5年間日展理事長を務めた。約50年にわたりモデルを務めた奥様から近年若いレディーへと移行されたが、写実の中に、リアリズムを探る姿勢は今尚健在だ。ハープの楽曲を想い一点を見つめる視線が優雅で奥深い。
 一方、彫刻の山本眞輔副会長は幾度か作家紹介してきたので、今作を語りたい。図版は会場で筆者が写したもので、顔の輪郭、彫りが十全に分かる角度が魅惑ある。古代を彷彿とさせる着衣に聖書を持ち、天に感謝する若き乙女。足もとの樹木の一塊は命(自然)の象徴として構成されている。
 今年84歳となられるが、瑞々しい感性と表現追求の姿勢は一貫して堅固である。2008年、日本藝術院会員就任。 (松)

 

 


智の恵み  副会長 山本眞輔
石膏 102×37×24cm