傘寿記念 蛭田二郎彫刻展より
日本藝術院会員
蛭田 二郎
●
10月23日〜29日
●日本橋三越本店本館6階美術特選画廊
告知シリーズ、鳥と少女や長い髪シリーズのブロンズ彫刻で知られる日本藝術院会員、日展顧問・蛭田二郎氏の傘寿記念展が三越本展美術画廊で開催され、感性豊かな作品が並んだ。
筆者が岡山県佐山にある蛭田二郎氏のアトリエをお訪ねしたのは8年前の2005年の8月こと。ちょうど藝術院会員に就任が決まる4ヶ月前、一番忙しい時であったように記憶する。それにもかかわらずじっくりと取材に応じていただいた。
氏は、昭和8年茨木県北茨木市の生れ。少年時代はちょうど太平洋戦争が始まった頃で、飛行機や鳥などを粘土で作って遊んでいたらしい。本格的に「彫刻」を意識しだしたのは、茨城大学教育学部に入学してからで、卒業後(昭和33年)当時、日展で活躍していた小森邦夫に師事し、その年の日彫展に初入選を果たしている。小森邦夫はロイヤル・アカデミー(英)に学んだ日展彫刻の大御所・齋藤素巌に師事してブールデルなどフランス彫刻系の具象作品で名声を得て藝術院会員となった。能島征二氏もその門下である。
蛭田氏は、小森師の指導のもと第8回日展に初出品、初入選を果たすが、翌年の出品作「ひとり」が特選となり、続く第10回展も連続特選を受賞。さらに第11回展の委嘱出品で菊華賞、翌年審査員となり、初出品からわずか6年で日展会員に就任(昭和45年)した。今では考えられない栄進だが、初特選「ひとり」は、切れがあり凛とした魅力溢れる作品で、将来を嘱望された作家であったと断言できる。
また、会員就任2年後には岡山大学教育学部講師(翌年助教授、昭和52年教授)となり岡山に転居。以降、教育者としても多くの人材を育ててきている。が、教授になった年に渡欧、イタリアに2ヶ月間ドナテッロのリアリズム「自然主義の追究と人間の感情表現」を再検証する。この後、登場する「告知」シリーズにそれが十全に活かされている。リーメンシュナイダーを尊敬していると言う氏だが、何を彫刻に込めるかという表現メッセージこそ彫刻の本質であると言うことであろう。紹介の2点は、モティーフは異なるも、底に流れる思いは同一である。更なる活躍を期待したいと思う。(松原)
