改組新日展新役員としての活躍に期待


日展副理事長
日本藝術院会員

能 島 征 二

 

 今回、第三科彫刻より副理事長に就任した能島征二氏だが、昭和44年の改組日展以降、彫刻から日展理事長、事務局長、副理事長(平成23年より)に就任したのは富永直樹、北村治禧、橋本堅太郎の三氏のみ。橋本氏の5期約10年に及ぶ長期就任は前例なき記録だが、65歳で日本藝術院会員に就任し現在73歳の能島氏の益々円熟味を増す作品と活発な活動振りを思うと、厳しい新日展運営を余儀なくされる中で、一層その手腕が期待されるところである。
 「明日へ」と題された今春の日彫展出品作品を挙げたが、目を静かに閉じて、凛とした表情で、未知への一歩を踏みだそうとする若い女性像のコンセプトが、東日本大震災の復興の願いや能島氏自身が渦中にある日展への思いと重なってくる。両手を少し広げて布を持つ各点と頭部が二等辺三角形構造で静謐な安定感を演出して深い思考空間を造りだしているのである。
 能島氏は1941年東京浅草の生まれ。父が日本画とう環境で育ち、疎開先であった茨城県笠間市で陶芸用粘土で遊んだという。立体造形の面白さに魅入られ、高校一年の時、父をモデルとした頭像を茨城県展に出品して初入選した後、当時同県に移り住んでいた同郷(浅草)出身の彫刻家小森邦夫に師事。本格的に彫刻家を志すこととなる。茨城大学教育学部美術科在学中(1962年)に日展、日彫展初入選を果たし、その後も受賞を重ね、2005年日本藝術院賞。翌年日本藝術院会員就任。2012年から日本彫刻会理事長も務めた。在住の水戸市の公園等には、能島氏の制作した水戸黄門像や徳川慶喜像などがあるが、現在の茨城県高萩市に生れた江戸時代の地理学者・長久保赤水の銅像(坐像)の制作依頼を受け、2012年11月3日に除幕式(題字は今年7月29日に急逝された佐川倩崖氏が揮毫)が行われている。赤水の「改正日本輿地路全図」は江戸時代の公用地図で、日韓で問題となっている竹島も含んでおり、日本の主張の根拠の一つとなっている。高萩市では竹島問題と関わりない部分で、赤水を讃えようという動きが東日本大震災後から本格化。能島氏も共感し、市民の寄付金で実現した。(松)

 


明日へ 153×64×43 E.R.P.(第44回日彫展)