書人探訪21

−出会いの旅−(40)

添 田 耕 心

文・田宮文平



田中章義の歌 
(1998) 

 何しろ日本人離れした偉丈夫である。しかも鹿児島出身で、本名が義盛というのだから、おもわず彼の人を連想してしまう。物腰はあくまで柔らかく、静かにゆっくりと話す。聖イグナチオ教会に
通う敬虔なクリスチャンでもある。  
 
  習字との出会いは、小学一年のとき公民館に通うことからはじまった。川上南溟が主宰する南日本書道会の『書林』に競書を出して、段級がつぎつぎにあがるのが楽しみであったという。はじめ一緒に通 っていた仲間が、一人、二人といなくなり、五年生のころは一人だけ残った。  
 
  鶴丸高等学校時代は法元康州がおり、書道部にも入って漢字や、大字かなを本格的に習うようになった。このころには数学が苦手だったこともあって、大学は書道系へ行きたいとおもうようになった。それで東京教育大学へすすんだが、筑波大学に変わる前の最後の世代だった。今井凌雪が主任教授で、伊藤伸、伏見冲敬、森田竹華、小松茂美等の錚々た
る教授陣が揃っていた。  
 
  東京には子供のころから憧れていたが、それにしても何もかも違うのにびっくした。いままでが演歌で、突然クラシックに飛びこんだようなものだった。今井教授の九成宮醴泉銘等の楷書もあまりにきれいすぎて、よく分からなかった。何しろ川上南溟の楷書は、謙慎系独特のクセがあり、これを取り去るのに二年くらい要したという。
 

  臨書は原則自由だったが、大学一年の課題は米慳 の蜀素帖であった。まず、とにかく筆に慣れるように努めた。そのほか、家では九成宮醴泉銘や皇甫誕碑などを専ら習った。同級生には中村伸夫、森岡隆がいて、いま、この二人は筑波大学の教授になっている。在学中におもい切って銀座のサエグサ画廊でみんなで書展をやろうということになり、俳句を書いて森田竹華邸へ指導を仰ぎに伺ったら、「そんなのやめなさい」と言われて、その場で書き直しさせられたことなども忘れられない想い出である。卒論は金冬心で、その隷書に現代表現につながるものを見るおもいがした。 卒業後は、筑波大学の大学院に四年間通ったが、何となくネオンのある賑やかなところを離れたくなくて東京に残った。淋しがりやなのであろう。

 

  いま、添田耕心は、カンナの会を主宰しているが、カンナは仮名でもあり、漢和でもある。大学院のころから、どうしても中国ものが好きになれなくて、かつ、畏友中村伸夫の中国的な書線へのコンプレックスもあって、漢字かな交じりの書を目指すようにもなった。今井教授もそれも大事なジャンルだからと応援してくれた。かなでは、村上翠亭教授に寸松庵色紙などの指導を受けた。  大学院を出てからは私立高の非常勤講師等をつとめながら今井凌雪主宰の雪心会の錬成会にも通 って出品作などを見てもらった。日展に初入選したのは昭和五二年(一九七七)、草野心平詩の「窓」という詩だった。青山杉雨が、「おもしろい」と言ってくれたのが励みにもなった。ックスもあって、漢字かな交じりの書を目指すようにもなった。今井教授もそれも大事なジャンルだからと応援してくれた。かなでは、村上翠亭教授に寸松庵色紙などの指導を受けた。



蕪村句 (1997)

 
 大学院を出て からは私立高の非常勤講師等をつとめながら今井凌雪主宰の雪心会の錬成会にも通 って出品作などを見てもらった。日展に初入選したのは昭和52年(1977)、草野心平詩の「窓」という詩だった。
青山杉雨が、「おもしろい」と言ってくれたのが励みにもなった。  
 
  そのころ日本書芸院展には、雪心会風の行草などを出していたらしいが、日展入選が漢字かな交じりの書を加速したようだ。実は、この文の図版のためにも漢字書を一点、要望したのだが、「いつのがあるかなあ」というほど、調和体(カンナの書)一筋に歩んできた人である。″読める書″が言われだす遙か前からのことであるから日展系、読売書法展系には極めて珍しい存在と言えるであろう。日展の特選も「三好達治詩・旅人」であった。  カンナの書をかくのに自詠や自作文がもっともふさわしいのは分かっているが、何となく抵抗があって気恥ずかしいともいう。それで、いまの自分の気持に近いものを探すことになる。しかし、これは添田耕心自信のことで、カンナの会では自作の詩文を率直に書いて、書と文によって、作者の人間像を彷彿とさせるものも少なくない。  

  2004年のカンナの会の入口の壁面には、「あなたの信仰が、あなたを救った」というルカによる福音書の添田耕心の作が掛かっていて、おもわ
ず足をとめた。聖書を素材にした書は記憶になかったので、それを尋ねると、はじめてであるという。これからも少しずつ聖書を素材とした書をかいていきたいと控え目に語る。聖書のことばを書くに至る添田耕心の長い道程が、おもいやられて帰り際にも改めてルカ福音書の作を見た。拘りのない澄んだ心境のあらわれた書である。ライフワークにしたいというこれからが楽しみである。


       第28回日展 特選     旅 人 (1997)

 

 カンナの会では、本当に書きたいことを、それぞれに大事にしていきたいという。見る人に見破られるような物欲しそうな書はかきたくない。それは、すでに単なる技術としての書ではないであろう。それぞれの生きていく姿そのものが、書というかたちを通 じてあらわれるもののような気がする。だから、カンナの会は小さな集まりであるが、本当に気持のよい会である。「三割は調和体(読める書)を出すように」などという公募展の騒々しさとは別 世界である。それが、書本来のあり方ではないだろうか。

 

〈略歴〉 1955年生。 出-鹿児島。 師-今井凌雪。
      読売書法展理事。カンナの会代表。

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