劉  蒼居 遺墨展

■1月18日〜22日 
■原田の森ギャラリー
(兵庫県立美術館王子分館)

 

 「『浴罷憑欄立 高雲掩夕陽 不知何處雨 微覺此間涼』と二聯で大胆と細心をリズムとして取り入れながら、気脈が心地よく途切れなく繋がっていく。覇気を押さえながら深い存在感を醸す近年の佳作である。」と、劉蒼居氏の第37回日展出品作「袁枚詩」の評を記させていただいたのは平成18年の2月であった。
 そして、その年の6月、この作品が見事日本芸術院賞を受賞するのである。日展理事、読売書法会常任総務に就任、兵庫県書作家協会会長にも推され、その前途は正に洋々であった。誰もがそう思って疑わなかった。しかし、受賞のわずか3ヶ月後に逝去されたのである。晴天の霹靂であった。受賞の祝賀会も中止となり、玄心会ばかりでなく、書道界全体が悲しみにくれたことを今更に思い出す。思えば、平成18年は3月に東の雄・金子卓義氏、その半年後に西の雄・劉蒼居氏を一挙に失ってしまった。それが残念でならない。
 劉蒼居氏の遺墨展の100点を改めて展覧し、21年間のお付き合いの中で、心に残る多くの名品と再会出来た。玄心展、飛 展、読売書法展、日本書芸院展、そして日展作品。劉氏の潤筆の醸すかすれがたまらない魅力であった。正に名刀に光があたる如く鋭利に澄んでいた。もう20年も前だったか、玄心会の錬成会に寄せていただいた時、「筆に書かせてもらう」という言葉をはじめて聞いた。古典を習熟すれば自ずと筆路は決まると語り、空筆からの「点」の位置は目をつぶっても同じ所にくると何度も筆をとって実践してくれた。「書」は書法のもとに成立し、技術習得なくして自風の「書」の確立は出来ないと断言する。だから、始めから情緒的なものに流れてはならないと後進にも厳しい指導を続けてきた。一時期、劉氏の巧さを『巧いだけでは』と揶揄したうわさが流れたことがある。それに対し、「巧いことが何故悪い!巧いを突き詰めてこそ新しい世界が見えてくる」と言下に切り返した。師木村知石の学んだ根本を学び、自身のものに昇華した劉氏ならではの言葉であろう。書と酒と歌に献杯!   (松)

 

日本藝術院賞(2006年)

袁枚詩

浴罷憑欄立 高雲掩夕陽 不知何處雨 微覺此間涼  227×30×2

 

繩々乎 67×167