俵万智さんとつづる
榎倉香邨の書
― 牧水の恋―
● 3月24日〜28日
● 兵庫県立美術館ギャラリー棟3Fギャラリー
榎倉香邨氏が若山牧水の歌に書作品制作の基盤を置くようになったのはいつの頃からだろうか。
榎倉氏が、牧水研究を本格的に始めるようになったのは、恐らく2003年の第3回個展「牧水をかく」からと思える。牧水、晶子の歌を同じ割合で書いていたが、圧倒的に牧水からの選文が増えたからだ。榎倉氏は43歳で早世した牧水という歌人の生き様に、書家としての興味を抱いたのである。彼の人生のすべてを表現した歌を「書(かな)」で具現できないかと。歌は心の音であり、感情の起伏を言葉の響きとして綴られる。かつて榎倉氏も「書(かな)」も「音」の世界、また日本画の世界だと言われたが、恋に狂おしいほど悩み、自然と共に生きた牧水の歌の根源を知るために、詠まれた現地へおもむく取材行が始まったのである。書表現のモティーフを確立する為に、そこまで探求する書家が幾人おられるだろうか。確かに漢字、かな、詩文書、現代書はそれぞれ表現目的によって、やり方が異なるかもしれないが、モティーフへのアプローチは芸術作品にとっては不可欠であろう。
さて、榎倉香邨氏が書家としての集大成と位置づけ、牧水の故郷の宮崎県立美術館と榎倉氏の故郷・小野市エクラで一大個展「榎倉香邨の書―ふるさと―」を開催したのは2019年1月と2月のこと。その時、牧水研究をすすめていた歌人の俵万智さんが偶然宮崎の会場を訪ねた。そこで榎倉氏は「小枝子との根本海岸への道行き。実は二人ではなく、牧水と別離後に結婚した庸三との三人旅であった」新事実を知ったことが発端で、最後の大個展と思っていた榎倉氏に歌の真相に迫る新たな火が燃え上がり、ほぼ全作品新作で再度の挑戦となったのである。
当初、翌年の5月に宮崎展、6月に東京銀座展が予定されたが、コロナ禍で二転三転、新会場の兵庫県立美術館ギャラリー棟のみの開催となった。その間、俵万智さんの選歌とエッセイに榎倉氏が揮毫した「牧水の恋」のコラボがすすんでおり、今展に展示された。面白い企画だが、筆者は直截に書家自身が感じて筆をとった恋情の六首「黒髪」(六曲屏風)の前で足が止まってしまった。また、人生を重ねた「草鞋」に新境地を見た。(松)
