第29回選抜香瓔百十人展より
会 長
榎倉 香邨
「破調」
「絶壁を這い上がる黒き猫とや見えむ」と書きだされた第一歌は、若山牧水28歳の頃(父の死の直前)のものとお聞きした。
牧水は、その前年の春に足掛け5年間続いた人妻園田佐枝子との熱愛に終止符を打ち酒に溺れるも、夏に太田喜志子と出会い恋に落ちる。翌年の4月、友人の石川啄木の死に立ち会い、5月に喜志子と結婚、7月には父危篤の報で坪谷に帰郷している。その時長男として故郷に留まり老父母を見送ろうと決心し、自分自身の一生の仕事を考えるのである。感情の起伏の大きな揺れが9月出版の第5歌集「死か芸術か」に凝縮されている。しかし、この第一歌は第5歌集には入っていない。恐らく歌集には入れ込まなかった少ない歌片ではなかろうか。自分自身を黒猫に重ね、現実の悲しき絶壁を這い上がろうとする切実な歌ごころが響き来る。こうした牧水の心韻の揺れが定型歌の破調(字余り、字足らず)を生んだ。数万ある牧水の歌には案外破調歌は少ない。それだけ歌の韻律を守りながら思いの丈を込めるセンスが尋常ではないからだと思えるが、反面そうした破調歌を詠じた時の牧水の気持ちの起伏は相当大きいと言えよう。
香邨氏は従来の横額の細線の切れで魅せる構成ではなく、ともすると漢字作品と見紛うような縦書き骨太の草書調で書き下した。重厚さを保ちながらも揺れ動く細線の機微、与謝野晶子から牧水に傾倒し、ここ10年来メイン作品の殆どを占めるようになっているが、牧水の生家から没する年までその足跡を辿り、歌が詠まれた環境を現地にたって追体験してきており、まさに牧水の生き様に迫る書表現の可能性を追い求めている。そして作品とはどうあるべきか、を改めて考えさせてくれる。
牧水の歌をテーマとした大個展を東京、神戸で開催したのは2年前、新しい展開に突き進む前向きな姿勢は86歳にして今なお健在である。更なるご健筆を期待したいと思う。 (松)
