岡山県天神山文化プラザ展示室提案事業
・謙慎書道会西部展30回記念
生誕110年記念
青山杉雨展
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● 9月20日〜25日
● 岡山県天神山文化プラザ 第1展示室
謙慎書道会西部展実行委員会主催。同会西部展30回展の特別企画として開催された。全作個人蔵の133点。これだけの杉雨作品が一堂になるのは、2012年に東京国立博物館で開催された「生誕百年記念青山杉雨の眼と書」以来で10年ぶり。そして今展には未発表の小品やかな作品、絵画も含まれていて、非常に興味深くかつ新鮮な展観になった。
筆者も初日に現地に入り、ゆっくり展観させていただいたが、ある意味驚きを禁じ得なかったのが正直なところだ。というのも青山杉雨といえば篆隷の名手、もちろん行草も含めて巧みな筆法と変幻自在の風に一作一面貌を築き上げた作家のイメージが強い。ところが今展を見ると、それらとは別物の青山杉雨に出会った気がしてならない。先頭に並んだ「良寛詩」「韋莊詩」を見ると、いきなりその思いに駆られるのである。大池晴嵐に師事していた頃の作品と聞いたので、1930年代杉雨20代の書であろうことが想像される。骨格を有しながらも実に柔らかい風。杉雨芸術の起点がこの辺りにあるとしたとき、その一生涯にわたる芸域がいかに広範なものだったかを改めて知ることになる。西川寧に師事後は金石に向い、「臨石鼓文」などの習作を残している。こういう作調も初めて目にした。落款には「獵碣習作」とあり、まさに「金石文をあさる」心意気が字面とその筆勢から伝わってくる。「懷北海 傷東坡」になると、凄まじい破筆とともに強靱な筆意の定着を見せている。松煙墨であろうか。青みがかった墨色が尚更語意を噛みしめることになるのも杉雨の作意あってのことだろう。「奇筆亂道」では多種の線条による篆書の構築が見られる。この頃になると初期の柔らかさが消え、より強く、より直情に、まるで鋒を紙目に叩き込んだような軌跡に圧倒されるのである。亂字終画の長画を紙面中央に配置させた意図も明確で、画中一線ともいえるその線内容が全てを物語っているようだ。「燕歸」を見ると、一転そこに風景が現れる。手島右卿が唱えた「象書」的な要素が意識にあったかのような作調だ。墨のにじみと細線変化、歸字飛沫も随分語意を彷彿させる。そして帖仕立ての細字かな、半切の大字かな、更に絵画。この領域を目にしたとき、前述の知られざる杉雨像の存在を確信した。一作一面貌では語れない極めて広大な青山杉雨の生きざまが蘇る。それは現代への警鐘かもしれない。
(篠原)

懷北海 傷東坡 〈1780×450×2〉

瓶梅折枝圖 〈690×440〉

与謝野晶子詩 みだれ髪 〈1350×330〉
