日中国交正常化40周年 東京国立博物館140周年
生誕100年記念

特別展 青山杉雨の眼と書

書の巨星と中国書画コレクション


■7月18日(水)〜9月9日(日)
■ 東京国立博物館 平成館

 

 生誕100年を迎える(故)青山杉雨の過去最大規模の回顧展。代表作約120点、珠玉の蒐集コレクション約200点が一堂に公開される。
 青山杉雨は周知のとおり、昭和から平成にかけて書壇に一時代を画した書家である。明治45年(1912)名古屋で生まれたが、東京向島で育ち、関東大震災で罹災して武蔵小山に移り芝中学時代に林祖洞に書を習ったが、昭和4年以降、青山家に仮寓した大池晴嵐に師事し本格的に書に取り組むようになる。東横百貨店の宣伝部で揮毫方を務める一方、泰東書道院に出品を重ねるようになり、昭和16年に最高賞の総裁東久邇宮賞を受賞して書壇へのデビューを果たしたが、この頃中国留学から帰国した西川寧を知り、晴嵐の紹介を経て西川門に入った。これが最大の転機となった。最新の清朝書学に触れ、西川寧の実証的な研究方法の下で実力を磨いていくのである。戦後は豊道春海の尽力で昭和23年、日展に書が参入、毎日書道展が誕生して書壇を横断する構造的な変化を生んだ。その豊道春海が西川寧を重用し、書家の新しい道を示唆したが、青山杉雨の注目度が一挙にあがるのも時代の流れであった。昭和25年、26年と連続特選、31年創設の現代書道二十人展の創立メンバー、34年に大東文化大学教授に就任。その後、芸術院会員推挙問題で豊道春海の謙慎脱会という局面を迎えるが、鈴木翠軒時代に対処すべく謙慎の改組が36年に断行される。リーダーとしての器量を兼ね備えた青山杉雨理事長の誕生であり、西川系碑学派の牙城となっていく始まりでもあった。実証学はその時代に遡行する学問である。時代を隔てた美の現代化を図ることに取り組み出したのもこの頃からである。晩年の「黒白相変」と並び称される代表作「萬方鮮」を挙げたが、いずれも東博所蔵で今回も展示される。
青山杉雨の書は古代文、特に金文の展開再構築の構成美の追究で文化勲章の最高位を受けた書家だが、書の新たな可能性に常に眼を向けて、前衛、近代詩などを含めた全方向の逸材を大切にする書家でもあった。是非足を運ばれたい。(松)

 

 

    

「萬方鮮」 青山杉雨筆 昭和52年(1977)

東京国立博物館蔵 奥羽大学寄贈