第39回唱和会書展より
福田 丞洲 88才の書
●3月3日〜6日
● 千葉市文化センター5F市民サロン
回唱和会書展に出陳された福田丞洲会長の書は8点。米寿を記念し「丞洲88才の書」として、8の数字にこだわったものだ。丞洲といえば、書壇要職を退いてからというもの、まるで脱俗に徹したかのように自由奔放の風に変貌してきた。書は本来こういうものだと言わんばかりに、そのときどきの風景や心情を一気呵成の筆に乗せてきたのである。それはもちろん書であるが、時に絵を描かせ、時に書画一体となる。今展の8点においてもますます拍車がかかった様相。
そんな丞洲芸術と至近でゆっくり対峙していると、いろいろなことが読み取れるから面白い。とかく境地の書ともなると見る側にも精神論が先行し、あやうくその奥底に潜むものを見失いがちだ。その点、丞洲の書はいくら好き勝手に書いていると言っても、下地には長年培った技術の錬磨があり、丞洲自身が言わせた「水の芸術」たる所以、つまり調墨による線条のありようをまざまざと窺い知ることができるのである。会場入口横の正面に飾られた全紙二枚の「同道唱和」がそれらを象徴する作品。形を歪めるわけでもなく、篆書法の基本に則った筆は自然に水平垂直の線を繰り出し、分間布白を成しえている。そしてなんとも温かい字の表情は墨色の加減。線は終始にじみをともなっているのである。自会への思いとともに丞洲が辿り着いた書の本道がそこにある。「福龍」は辰年生まれの丞洲の造語。実際の墨はかなり薄い。「奇巌幽谷」は故郷群馬の幽谷を重ねる。幽字のかすれの深さ。「自詠和歌」は戦時中上海での心境だ。「牡丹の絵」は即興の着色。生きた風趣がある。丞洲の「思い」が書になった88才の8点だ(篠原)

雲自在 嶽不動

煩悩即菩提

夏目漱石詩 野水辞花塢…
