第40回日展

近藤  攝南

「隠居放言」

 書の韻致ということを考えた。風雅とも言おうか。摂南の書は漢字にしても詩文にしても説明的では決してない。書の持つ本来の力はそういうものだということがわかる。理屈はいらないのである。