喜寿記念
墨仙のいま
(渡辺墨仙書作展)
■2月15日〜20日
■ 東京銀座 鳩居堂画廊
「白樺を かすかに霧の ゆく音か」 秋桜子を書いたこの一幅に釘付けになった。冒頭の白樺二字の表現を見ただけでも、墨仙の書の神髄を感ずる。
書家渡辺墨仙、六年半ぶりの個展。今回は喜寿記念の名目が付くが、そんなことよりも渡辺墨仙の書を一堂に鑑賞できたことを素直に喜びたい。渡辺墨仙の書は誰にも真似することのできない、後にも先にも墨仙にしか成し得ない世界であるからだ。その世界の象徴を前記の「白樺」に見たのである。風渡るかのような線の波状。ゆらめきのなかの使転の強さ。表現停止の潔さ。読み取るとこれらの要素の具現が確実にあることがわかる。しかしそれはあくまでも美の理であって、美そのものではない。書の美は人間介在である。つまり、心優しい者の線はいくら強情に引いても線条の温かさは消しがたい。自己に厳しき者の線はどれだけ柔らかく置いても緊迫の度合いが前に出てくるのである。だから書に生きる者はその生きかたが問われてくる。書に終着点がない所以でもある。渡辺墨仙の普段は飄飄たるもの。ユーモラスな口調で人を笑わせる。ところが肝心なときはどすのきいた声が静かに響きわたる。そんなことを考えるとこの「白樺」の表情はまさに墨仙そのものなのである。
若山牧水の歌が墨仙の地と重なる。「ましろにはるるふじ見えにけり」と屏風に聳え立つ。山頭火の音が金地の上で踊り出す。實朝の名歌、「われてくだけてさけてちるかも」が墨仙の解釈で静かに書き終えられる。山頭火の句を帖に仕立てた詩文書にも奇才墨仙の情感がこもる。
毎日書道会監事
日本書道美術院常任顧問
墨佑社主宰
(篠原)

音がある 心をたたく 音がある (種田山頭火)

ゆるやかに だらりの帯の うごくとき
はれがましやと 君のいふ時 (吉井 勇)
