第46回水穂書展より

会長 

日比野 光鳳

 今年の水穂書展は、源氏物語千年紀に因んで源氏をテーマとした作品に役員全員が取り組んだ。正に京都かなの名門水穂の面目躍如たる催しで、源氏物語54帖を網羅した作品群が夫々の感性で綴られて見応えのある展覧内容となった。
 とりわけ、京都で生まれ、京都で育った日比野光鳳会長にとっては、これまで標榜し研鑽を重ねてきた「京の雅」を表現する絶好のテーマで、宮廷世界の雅な背景にくりひろげられた愛憎織り成す人間の情感の機微を、光鳳氏自身の心のフィルターを通して書にしたためた。「桐壷」は長編物語の第1帖、光源氏は3歳のときに桐壷帝に寵愛されていた母(桐壷更衣)を亡くしたが、愛しさ募る帝はその母の面影を残した藤壷を迎え入れる。母に似ていると教えられた源氏は藤壷を慕うが、それがやがてひとりの女性への愛情に変わっていくというくだりである。
 光鳳氏は文章の一節と和歌4首を紫の料紙に書き下し、沈金色地の6曲仕立てとした。作者紫式部の紫、和歌の紫、そして桐の花の青紫の思いをのせた色調空間が繊細な書線に情感を紡ぐ心憎い演出であり、淡淡と静かに語りかけるような8行から、和歌に入って徐々に山形に構成して下部余白空間に視線を誘い、最終部で盛り上げ、ふっとした間をおいて締める。まさに悠揚な流れある交響楽的展開で魅せる。
これまでも光鳳氏は、節目節目で自らの世界を広め、深めてきた。始めは、平成9年の日展内閣総理大臣賞の受賞である。島木赤彦の早春の歌3首を品格ある書線にのせた受賞作品「三日月」により光鳳氏は父「五鳳」の呪縛から抜け出した。そしてその自信が平成11年の日本芸術院賞の受賞へと繋がっていくのである。

受賞作「花」は書線の流れのリズムを重視して、品格あるしっとりとした雰囲気に仕上げた第30回日展出品作品であった。それから8年を経て開催され新境地を呈した昨年末の京都、東京での大個展、この間に氏は生死に関わる大病を経験し克服している。恐らくその経験が人生観を深めたのであろう。書線の機微、余白の深さとなって表出し、今回の超大作「桐壷」に開花したと言える。光鳳芸術確立の予兆が窺える。  (松)

 

 

桐壺  70x68(x6)

 

いづれの御時にか。女御・更衣、
あまたさぶらひ給ひけるなか
に、いと、やむごとなき際には
あらぬが、すぐれて時めき給ふ、ありけり。
かぎりとて別るゝ道の悲しきに
いかまほしきは命なりけり
鈴虫の声のかぎりを尽くしても
ながき夜あかずふる涙かな
雲のうへも涙にくるゝ秋の月
いかですむらん浅茅生の宿
むすびつる心も深きもとゆひに
濃き紫の色しあせずば