会 長 日比野 光鳳

 「幾山河越えさりゆかばさびしさの はてなむ国ぞ今日も旅ゆく」
 これまでの作品よりも明らかに回線速度がゆったりと採られており、骨格部は筆の食込みを充分に活かし、かろやかな遊びの筆も入るようになった。従来の筆ではないように思うが、心境の変化も窺える。
 以前から日比野光鳳氏は「京の雅を感じられるかな書を目指したい」と語っておられるが、最近特に歌の意を解したかな書線の在り方を研究されているようだ。撰文にも注意をはらい、歌の情感を京人のうたう思いに繋げて書作するとでも言ったらいいのであろうか。
 さて、再度作品に戻ろう。全体的な構成は、一行目の「幾」、二行目の「駕は」、そして三行目の「斜」を結んだ逆三角形の骨格で動きを生じさせ、五〜六行のやや右に傾いた小さめの三角形で受け止めている。そのため五行目は必然的に渇筆になる。そこをしっかりと押さえて歌のイメージを文字にのせている。
 歌はあまりに有名な牧水の代表歌であるが、明治40年の夏、早稲田大学の学生であった牧水は、郷里宮崎県への帰途、先輩の歌人有本芳水に勧められ新見経由の道をとった。芳水は田山花袋に傾倒していて、新見が花袋の小説「蒲団」の舞台であったためである。当時は山深い道で、新見を出た後、牧水は行き暮れて二本松峠の茶屋「熊谷屋」で宿をとった。この時詠んだ歌がこの幾山河とけふもまたである。また、この新見行には初恋の人の故郷をひと目見たいためとの恋心があったのである。

 

第42回水穂書展より


  
    幾山河(若山牧水)  170×50(×6)