第52回水穂書展より
―精神性高い『清ら』の書―
文化功労者
日本藝術院会員
日比野 光鳳
第52回水穂展より日比野光鳳会長「王城を」を紹介させて頂く。昨年の日展前から体調を崩され、それ以来公の場でお話しする機会を得なかったが、今展の初日に短時間ではあるが会場に足を運ばれていた。心なしか、まだお疲れが残っているようには見受けられたが、それも日展問題に腐心する心労が重なっているからであろう。本展の図録の挨拶文においても『昨年来、書道をめぐるさまざまな報道で、日展も大きく舵を切り直していますが、わたくしたち作家は.まずなにより、どなたがご覧になっても、良い作品だと言ってもらえるものを書くしかありません。独りよがりになることなく、それでいて自分のカラーが出ることが書作家の理想ではなかろうかと考えております』と、書家として本来あるべき姿を記している。日本藝術院会員・文化功労者として、これから成すべき自分自身への新たな決意と受け取りたい。
光鳳氏は第50回記念水穂展までは一貫して六曲屏風の大字作品(古今集、新古今集)を出品されてきたが、それは、書家としての地位を築きあげた交響曲的光鳳形式であり、父とは違うスタイルの絶え間ない追究であった。が、昨年の第51回展からは父五鳳翁の求めた『清ら』の精神の探求に身を置く決心をされている。
さて、作品に目を移そう。今作は.高浜虚子の歌「王城を鎮守の寺の梅おそし…」を、細い金波紋様の清楚で気品ある二曲屏風仕立てとした作品である。一首を大きく4つの塊として2紙に配置、墨量をやや減じて渇筆を効かせた素直な書き出しで、余白を挟んで次の塊の1行まで持たせて継墨、「おそし」の潤墨部で締める。何気ない3文字だが、絶妙・渾身の3文字である。2紙目も同様の手法がとられているが、「御社も」の終行が単に2紙目の調和を図るばかりでなく、1紙目の全体を支えていることも見逃せない。それにやや淡墨の墨色と余白の響きが加わって、静けさと歌の心情を醸し出すのである。
この歌を撰文した理由は奈辺にあるか、単に住いする賀茂に重なるだけではあるまい。素直に自身に向きあって心のうちを書として残そうと思ったからではあるまいか。
精神性の高い『清ら』の書といえよう。 (松)
