― 清く品よく美しく―
日本芸術院会員
水 穂 会 会 長
日比野 光鳳
昨年の12月15日、父五鳳翁に続いて日本芸術院会員に就任された日比野光鳳氏。父子の就任は書道界では初めての快挙となったが、これで書の芸術院会員の布陣は同じ京都の古谷蒼韻氏、奈良の杉岡華邨氏と3名となり、必然的に関西主導の書道界の流れとなる。光鳳氏への期待と責任はおのづと大きいものになろう。
父五鳳翁は大野百練に漢字を学び、京都の地に入って独学でかな書の世界に一大旋風を巻き起こし、時代時代を画する名作を残した。今も五鳳の書が語られ、根強いファン層が多いことは周知の事実で、光鳳氏にとって輝く父の業績は最大のプレッシャーであったと推測できる。が、常に父の書にかける情熱に接していたことは最高の教えともなった訳で、丁度光鳳氏が、日展内閣総理大臣賞を受賞したあたりから作品が変わりだしたように記憶する。「京の雅」を書の中に取り込むという信念が作品となって具現しだしたというべきで、その指針は揺れることなく日本芸術院賞へと繋がっていく。そして院賞受賞後に生死をさまよう重病を経験し、生かされている自分、その心奥と対峙する時間を持った。この経験は極めて貴重である。試練が大きければ大きいほど思いも深くなるからである。作品にも自然とその気が内包される。見事、書壇の最高峰に立った光鳳氏だが、自身の書の在り方を更に問う作品が今水穂書展に出品された。
これまで水穂には、六曲屏風作品を一貫して出品されてきたが、今回は少し様相が異なる。大字であるのに柔らかく膨らみがある。「京の雅は洗練された美です。平安調の小字かなが持つ古筆の風雅、そのかな的要素を持たせた大字かなを指向してみたい」と静かに語られた光鳳氏、その後、控えめに「宝塚の名文じゃないけど、私の書のモットーは『清く品よく美しく』なんです」と。
(松原)