第44回水穂書展より
京都の盛夏を飾る恒例の水穂書展も今年で第44回を迎えた。
周知のとおり水穂会は日比野五鳳翁が創設した会であり、昭和60年に五鳳翁が逝去されたあと子息の日比野光鳳氏が引継がれ現在に至っている。筆者が全美を引継いだのが昭和61年からだから光鳳会長になった直後の第24回展より展観させていただいていることとなる。何年間か五鳳氏の遺墨を展示しての開催が続いたが、今から思うと偉大な父を持つ後継者の強烈なプレッシャーを絶えず受けておられたと推察できる。
しかし、光鳳氏はその重圧を逆に糧とすることに成功された。これは、父に対する一種の反発心から同志社の経済学部を卒業後、一度社会人として宝酒造に入社し、外の世界から書道界を見てきた経験がおおいに活きていると思える。五鳳調を踏襲するなかで「京の雅のかな美」を追求、次第に柔軟な流れを手中にして平成9年の第29回日展で内閣総理大臣賞を受賞する。「三日月」と題した島木赤彦の早春の歌三首を品格ある書線の流れにのせた作品で、父「五鳳」の呪縛から抜け出した大きな転機であった。そうした自信が更に飛躍を促すように第30回日展出品作「花」が1998年度の日本芸術院賞を受賞、一挙にかな書の世界で屈指の作家に名を連ね、名実ともに名門水穂の長として現在に至っている。
さて、今展より光鳳会長の作品を紹介させて頂いた。「うご畿ゐ新夜農白雲能無く那利轉 高野の山耳つ畿てり和多類」と六曲屏風に茂吉の歌1首を展開した大字作品であるが、涼しげで品ある屏風表装に空間余白の「白」が輝いている。書割り的に見れば、ふっと抜いた2行目の「農」と5〜6紙の間に書した最終行の「類」の1文字がポイントとなって全体を引き締めており、大胆さと繊細さが微妙に絡みながら観者の視点を巧く導いている。やや淡墨の墨色も深みがあり、優美さを醸している。
