生誕100年
書家・古谷蒼韻の生誕一〇〇年展が京都で開催され、昭和26年、27歳の時の「李白詩二首」から没年の平成30年「萬葉秀歌」までの81点の作品に接した。晩年の「我は法」の周知と書斎詣で、日展改組の件はいったん横に置いて、改めてその歩みに、自他ともに課した芸術としての「書」の思考とその実践という人生観が感じられた展示だった。藝術院会員就任の翌年に古谷蒼韻の書斎にインタビューで訪れた時、お聞きした言葉だが、『私の書作の深層に流れているものは、初めて書のありようを教わった中野越南先生の思想です。無心の書が最も大切とされ、境地の高い書をと教わったことです。』『専門家になりたい者は現存の人の指導をうけない方がよい。中国の古典を自らの感性と解釈で習うべきです。と弟子入りを拒否されました。だから私は中野先生の門人ではなく私淑したという感じです。』実際、以後独学で古典を学び、私淑していた中野越南、村上三島師にも全くお手本を貰っていないと聞く。とにかく頭の隅には常に中野越南がいて、歳を重ねるほどに強くなっていったようだ。今出品作品より、寂厳調から木簡風趣の「無量寿」から良寛の世界を内包した静寂な空間美の「君子固窮」、そして藝術院会員に就任した年の日展出品作「鳳麟」、その識語には越南の言葉が書き添えられている。最後に斎藤茂吉の歌を挙げた。
鳳麟(顧況)2006年(82歳)
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無量寿 1964年 (40歳)
君子固窮(論語) 1982年(58歳)
斎藤茂吉「金瓶村小吟」(『小園』) 2008年 84歳 |