二〇一〇 伝統と創意
日本書芸院展より
古谷 蒼韻
「晩 春」
「伝統と創意」の理念を継統する日本書芸院展の今年のテーマは「エコ」。地球環境や自然のすばらしさを書く―まさに現代の風潮を書作品に活かした取り組みとなったが、多くの書家が自然の美を謳った詩文を題材にして作品としていた。
その中、日本芸術院会員、古谷蒼韻氏の「晩春」を紹介させていただく。
古谷氏も、晩春の広大な自然と人の生き様を謳った盛唐から晩唐にかけての杜甫、白居易等六首を、横長の巻子調四段に書き下した。関防印で始まる一行二文字から三文字(一首の最後のみ四文字)で気韻を繋いで流れるそのリズムは、まるでそよ風が吹き抜けるように清々しく観者の視線を紡いでいく。各詩の最後に游印を付し、その朱色がかろやかなポイントとして視点移動のオアシスとなっている心憎い構成である。また、漢詩でありながら一切堅さを感じさせない、和文の手紙のような味わいを醸す作品は現代書壇にあって他に例を見ない。私達は一様に古谷氏のこの書風を和様漢字と呼んでいるが、氏は常に和様と例えば日展作にみる四字構成等の純粋な古典に基づく作品制作を交互に実施しており、その文字の骨格は中国古典にあり今も修練を続けている。が、書家としての生き様の規範は京都師範時代に受講し、私淑した中野越南にあるといえる。越南は弟子を一切とらなかったが、来る人拒まず自然体で書人としての生き様を貫いた孤高のひとである。上代様のかなで一躍注目され、その後漢字に転じて王羲之系の古典に没頭する中、直側の機微を感受、直筆主体の精神性ある書風を確立していくが、教え子である古谷蒼韻、山内観、中島晧象らの日展出品の希望を辻本史邑氏への紹介という橋渡しで実現したのも運命の意図するところであろう。それから半世紀、古谷氏は変遷を繰り返す日展書壇のなかで書家として芸術院会員という不動の地位を確立したが、精神性の回帰に重点を置いている。書は心色の表現であり、思いを伝える書簡が個としての書人の総てを物語るということを本作品が証明しているといえよう。 (松原)
