第10回日展 第五科〈書〉
―確かな筆力と豊かな表現―


文部科学大臣賞

有 岡  崖

 

 第10回日展第五科「書」の最高賞・文部科学大臣賞に輝いた有岡崖氏の作品「僧善住詩」を紹介する。それは五科メイン会場の壁面でかなりの存在感を発揮していた。ここ数年、有岡氏の作品は常に大臣賞作の近くに置かれ、筆者も今年こそはと期待していた一人なのである。それが漸く実現したのだから、もろ手を挙げて喜びたい。そして今作がいかに優れているかを読み解いてみたい。素材は元代の高僧善住の五言絶句。「偶隨流水去 間赴白雲歸 歩石苔侵屐 攀松露滴衣」釈文の字面を追うだけでも雲屋と号した根本思想を窺うようで、現代からすれば別世界に誘われるかのようだ。書の制作は素材の選文にかかる比重は大きい。それを考えると有岡氏の心境に余程寄り添ったものと推測される。そしてその書きぶりを見てみよう。まず初めのイメージは実にリズミカルであるということ。「リラックスして書いた」と言う通り、見る側の視点移動も軽やかなのだ。この事実は少なくとも日展作においては新鮮なものに映った。かといってただ軽いわけでは決してない。本人曰く「筆が持つ変幻自在な表現を可能とする特質性を生かすべく…様々な表現手法をもって立体性に富む作品に仕上げたく試み」たのが実際である。その実、線の太細強弱、鋒の遅速緩急、墨の潤渇などが随所に取り入れられ、それらが大調和して紙面を引き締めているのである。中でも赴字走にょう終筆の波発や歸字偏下部の緩やかな用筆などは特筆に値する場面だろう。そして落款も絶妙の呼吸で納まる。印影は「岡俊信璽」、号を書して号印を押すような野暮なことはしない。この辺りの本格も師青山杉雨の教えの継承だろう。現書壇は漢字、かな、調和体、篆刻、更には刻字、墨象なども含めて多様な作風に満ちているが、表現域の停滞は拭いきれない。そんな中、伝統の漢字行草に根ざし、そこに新たな書表現の可能性を示唆した今作の出現は今後にどう影響を与えていくのか、一記者としても注視していきたい。
 有岡崖は現在、日展会員、謙慎書道会副事務局長、鶴文_理事長などをはじめ、全日本書道連盟、全国書美術振興会のともに理事を務めるなど書壇要職を兼ねる。作書活動はもとより、書道文化発展継承活動の中枢を担う作家として、ますます期待がかかる。(篠原)

 

 

僧善住詩 〈90×168〉