生誕一〇〇年記念
高木聖鶴 展
―書作の境地「心なき」―
● 6月3日〜7月3日
● 岡山県立美術館
文化勲章受章書家(故)高木聖鶴氏の生誕100年記念展が郷里・岡山県立美術館で開催された。100年に因んで100点の出品作品と蒐集の古筆(重文含む、寄贈作品と個人蔵)12点、硯(翁方綱・阮元銘、呉昌碩銘、趙宦光銘含む)7点、墨(明墨7、乾隆御墨5)、印材(田黄3、酔芙蓉石対1)が展示された。
高木聖鶴翁の書歴はこれまで何度も記載されているので割愛し、その人となりと思い出の作品を辿りたい。筆者は、長年聖鶴先生と懇意にさせて頂いたが、人に接する所作は優しさに満ちており、生涯にわたり変わらなかった。特に、日本藝術院賞受賞後からは、積極的に各書展に足を運び、文化功労者顕彰後も指導者としての本分を全うされた。2005年に、弊紙企画の『ななこのART
INTERVIEW』で娘と共に聖鶴先生の書斎を初めて訪ねたが、丁寧な対応に感動。更に取材後、門の前で私達の姿が曲がり角から消えるまでご夫妻で見送っていただいたことが今も鮮明に記憶に残っている。
子息の高木聖雨氏との「書でも」事件は多くの人の知るところとなったが、その後の潤沢な書家親子の関わり、そのエピソードには頬がゆるむ。
主宰する朝陽書道会展では、新古今集抄などの流麗華美の巻子作品が思い出される。聖鶴先生の秘蔵っ子であった長谷川鶴山氏の急逝での長期の悲壮感。銀座・和光での3回目の個展開催固辞から了承までの担当者への配慮など等、人格が滲む。
さて、100点の中より日展出品作品2点を挙げた。1991年の日展内閣総理大臣賞受賞作品で、潤滑、太細対比が正に絶妙で、且つ品格あふれる。一躍書道界の注目を集めた1点。そして、もう1点は日展出品最後の「心なき」。聖鶴先生のコメントは、「……心の赴くままに筆を執りました。……
墨量、余白、字形と、衒いのない素直な仮名文字でまとめてみました」とある。真に境地の作品であるまいか。会期中、聖雨氏の揮毫、講演も開かれた。