―第68回春の院展より ―
文化功労者
日本芸術院会員
郷倉 和子
「父千靭の山荘が新赤倉温泉にありました。お隣の家には温泉の余り湯を池に通して一年中、鯉を飼っていました。この作品で描いた鯉はそこで取材した錦鯉です。真冬でも池は凍らなかったので閑さえあれば池の中をのぞき込んでいた記憶があります。中でも立派な錦鯉は圧巻で美しくもあり恐ろしいとも感じました。そんな昔の記憶を辿りながらそれに梅の枝を配すことで季節感を表現しました。」とは、第68回春の院展に出品された郷倉和子さんの作品「春へ」のご本人の作品解説である。
これまで筆者は、和子さんの作品を随分と拝見してきたが、鯉を全面に描出したものは記憶にない。この「春へ」にみる、しっとりとした生命の息遣いが感じられる鯉は、鯉を描いた多くの作家達の鯉とまた違う味わいを醸している。それは、描く対象への生命に対する思いの深さが和子さんの作品の根幹にある所以と思われる。紅白の梅、動物のうさぎ、おしどりやすずめなどと同じ趣であり、その感覚は、ここ5年程続けてきた「花の精」リーズに通じるもので、自分の画境を開いてくれた「梅」を精神的に昇華して心が宿る媒体として捉えていることに繋がっている。この2匹の錦鯉は、ある意味父の千靭氏と和子さんを投影した姿と思えてくる。白梅の枝を白で描いたことも見逃せないポイントであろう。
千靭氏が赤倉に山荘を構えたのは昭和7年。和子さんが女子美術専門学校へ入学した18歳の時である。赤倉に山荘を構えたのは、岡倉天心が赤倉をこよなく愛し、赤倉山荘で晴釣雨読の日々を過ごし、そしてこの地で逝去されたことに起因すると推察できるが、美術を志した和子さんとしては、父の制作現場への同行は極めて易の多い思い出の場所であったはずで、戦争末期の昭和19〜20年には家族と赤倉に疎開。そこでご長男を出産されている。
和子さんは今年白寿を迎えられる。生かされている自分と素直に対峙するなか見えてくる世界、思い出のスケッチを作品に起したのもそうした心境からに相違あるまい。(松)
