― 再興第九十七回 院展より ―

文化功労者

郷倉 和子

 

 老梅の枝先に花が咲いている。梅樹独特の枝振りに畑の敏のやわらかな直線がリズムをつくり、ようやく萌えいでた草野に兎が三羽、馥郁たる梅の香を楽しむように飛び跳ねている。そんな景をやや高いところから俯瞰的にとらえられている。まことに長閑な、うららな春の一日である。
 かつて郷倉家の向いには梅園が広がっていた。その頃にはこうした田園的風景が日常的に春になれば見られたのだ。そんな昔日を思い出し懐しむ気持ちで筆を運んだと思われる。
 私事にわたるが、そんな田園的風景の中、世田谷の郷倉家を再三訪れたことがある。初めての折は、和子先生が第55回院展の出品作「榕樹(ガジュマル)」(昭和45年)で文部大臣賞を受賞、その取材であった。当時は御尊父・千靭と同居しており、その古武士的厳格な風貌にずいぶん緊張したことだった。
 受賞作「榕樹」はいま、世田谷美術館に所蔵されているが、特徴あるガジュマルの錯綜する根幹を、大胆に処理し、感覚的に構成されており、すみずみにまで細やかな神経の行き届いた作品である。
 父千靭(日本美術院同人・芸術院会員)は鍛えあげた練達の画技を持っており、強い造形性を支柱として旺盛な制作活動を展開した。父の傍らで生活しながら、制作の厳しさと共に自然に画家の心を学び知り尽くした和子の画風は、よりおおらかで感覚的であるといえよう。院展出品作としては困難なモティフに積極かつ意図的に正面から取り組み、しっかりと空間を把握しながら統一ある画面構成に仕上げる安定した力量を示している。
 速水御舟を畏敬するとおっしゃっていたが、その後こうした感覚的自然主義ともいうべき画風により深い趣きを加えてきた。
 近年は梅シリーズとも言うべく、塀越しの、池畔の、あるいは小鳥の戯れる梅花図を描き続けている。この作品も連作につながるもので、兎の登場は珍しいかも知れない。シンプルな構成に淡彩という繊細な感覚を基調に、枝の骨格の厳しさや、広々とした空間に飛び跳ねる3羽の時計回りのムーヴマンなど、細やかな配慮の行き届いた馨しい作品となった。(中野)

 

 

春の瞬き