再興第95回院展より
郷倉 和子
「春に舞ふ」
池の水面の上に枝垂れた老白梅のひと隅、朝の清々しい光がかすかな照り返しを生んでたおやかに反映を写す。しばし時間がゆったり流れるような光景に作者の目は注がれている。鮮やかな真白い梅花を満開にした小枝に、ちょんと1羽の雀が羽を休める。その横、下に配された2羽の雀。下の1羽は止まる枝を見定め、横の雀の飛翔とは好対照のスピード感覚を与えてくれる。構成的にも右上から斜め下に流れる3本の枝に、3羽の雀がつくる三角形構図が対応して心地よい緊張感を生みだし、更に池面との絶妙な距離感を醸す水面の色彩によって浮游空間を創りだしている。自然の織りなす生命の息づきを感じる心が、この画面に自身の小宇宙を描き上げたと言ってよいだろう。老梅の枝に止まり遠くを見つめる雀は作家自身の投影とも思えてくる。
これまでも郷倉さんは、昭和60年ころより梅をテーマとした作品を描き続けてきているが、平成元年の第69回院展に、大屋敷の屋根を背景に、空に古枝を広げた白梅を配した「静日」を出品、その作品が翌年の日本芸術院賞・恩賜賞を受賞し、日本画ならではの空間美の在り方を示した。その空間美に生かされている自らの思いを重ねるようになるのは、平成15年の文化功労者の顕彰を受けた頃からではないだろうか。
俗に言う「上手い絵」とは、デッサンもしっかりして隙がなく、理屈どうり対象を捉えた作品を指すが、観者が画面の中に入っていけない作品が多い。同じ写実でも、「正に私にはこのように見えました」と絵の中から作者が語りかけてくるような作品がある。形は少々歪んでいても実存感が沸々と伝わってくる。また、徹底した写生を重ね、余分なものを削ぎ落とした作品も同様で、前者は小倉遊亀さん、後者は奥村土牛翁の作品に感じた印象である。その何れでもない表現手法で郷倉さんは、命の煌めきを画布に込める深奥の世界へと歩みつつある。
今回の院展作品の中で、日本画の良さを再認識し、いつまでも立ち尽くした1点であった。(松)
