第70回春の院展より
― 静謐な中国・西安農村の情景 ―


日本美術院同人
中国西安美術学院名誉教授展

後藤 純男

 後藤純男氏が中国の地を初めて訪れたのは昭和54年(49歳)、「現代日本絵画展」代表団の一員としてであった。この折、開催地北京をはじめ盧山、長沙、桂林、上海などを精力的にスケッチ取材をした。かつて北海道の大自然に惹かれ10年近く毎年取材に出かけた(後に富良野に自身の美術館を開設した)後藤氏にとって、中国の地は魅力にあふれ、強く惹かれた。翌年、翌々年と春・秋、年に2度も取材に出かけ、それ以降も毎年取材に出かけるほどの熱の入れようであった。
 中国をモチーフにした作品を初めて発表したのは、同57年の「日本秀作美術展」に招待出品した〈萬里長城〉であったと思うが、それ以来、日本の古都や北海道、ひなびた農村をモチーフとする日本風景に中国作品が毎年発表されるようになり、日・中2本立てとなった。スケール感たっぷりの八曲一双〈雲海黄山雨晴〉(同59年)や襖8枚の〈夏冬山水〉(同68年)などの大作に併行して、〈江南水路の朝〉(同61年)、〈秦嶺山麓農村〉(同63年)など田舎や田園の佇いを静かな筆致でとらえた味合い深い作品を制作している。
 掲出の〈西安農村〉は後者の静かな農村風景である。夏の陽射しを浴びて枝葉を繁らせる木立ちに囲まれた農家は、立派な門構えを持ち、その奥に家屋が幾棟もある。日干し煉瓦の壁に瓦屋根をのせた門はかなりの歳月を経ていることを物語っている。木漏れ日の中、草むらの庭に数羽の鶏が遊び、老人がひとり佇んでいる。美しい緑青にセピアと白の響きも清爽に、ぬくもりある景となっている。
 ―発展を遂げる都市部よりも、失われつつある農村のゆったりとした独特の空気感に接すると、この風景を描いておかなければ、という強い思いが生じます。―とコメントを寄せているが、忘れ去られてしまうであろう、ごく普通の日常の営みへの愛着が、筆を執らせるのだ。長い長い時間の堆積が、樹々の姿、家屋の佇み、壁の痛みに痕跡となり、何代もの人々が暮らしてきた、その小さな平穏に心寄せる後藤氏の澄心を思う。 (中野)

 


西安農村