第42回東方展より

結城 天童

「紅花の咲く頃」

 結城天童先生が〈画の道五十年展〉を開いたのは昭和55年、その後もいささかの遅滞なく描き続け、今年で80年近くなる。昨年体調を崩され心配されたがお元気に復活、95才とは思えぬ瑞々しい大作を発表された。
 画道を志し京都小松均に師事したのは18才、21才で青龍展に初入選、関西美術卒業の23才で上京、川端龍子に師事、昭和41年龍子逝去し青龍展解散。社人同志11名により東方美術協会を創立し、翌42年第1回展を開催、今日に至っている。
 紅花は郷里山形の県花であり、古来染色、薬用として親しまれてきた。故郷は遠きにありて思うものであり、年経るごとに有難く心ぬくもる存在となる。初夏を迎え紅黄色の紅花が咲きそろう。そして遥か彼方の鳥海や月山には残雪が白く輝いている。数年前にはその故郷が回顧展も開いてくれた。目を閉じれば瞼に浮かび、自分を育ててくれた四季の風や香りが身を包む。丹々と、しかし感謝の思いを満身に筆を執る。写実一筋に歩み続けた氏の代表作ともなる一作がここに生まれた。      (中野)