再興第98回院展より
孤高的精神の象徴世界展
内閣総理大臣賞
今井 珠泉
押し寄せる流氷が北の海を埋めつくしている。その流氷のわずかな隙間に真暗な闇がのぞいている。そこに満月が映っている。雪山もなければ、鷹もイヌワシも、その影さえもない。ただただ目路限りの流氷である。その裂け目というか合い間の奈落の闇に映る月がすべてであり、鮮烈な印象を放つ。それだけだが、上空から見下ろす視点が、大胆であり、新鮮であり、院展最高賞である内閣総理大臣賞を射止めた。
4年前、94回展の文部科学大臣賞受賞作「静日(イヌワシ)/静夜(流氷)」は色調、視点、構成の対照的な対つい作品で、共にイヌワシの孤影をとどめながら、夕照の朱に染まる姿と、流氷の白に影を写す姿に、孤高的精神性の生を謳いあげていたし、その前年の93回展の「氷原にはばたく(流氷)」にもイヌワシが登場していた。また95回展「颯」では黒いシルエットの唐松林を断ち切るように悠然とイヌワシが舞っていた。
ところが、96回展は夕照の中を塒へ帰る鳥の群のシルエット、昨年の97回展の「渚」は満月の明かりの中に浮き上がる鶴の群れで、鳥は鳥でもイヌワシではなく、そして今展ではすべてが消え、流氷と月だけになってしまった。これほど象徴的なことがあろうか。
静かである。時々キシッと流氷の軋きしむ音がするが、それさえも静謐さを増すばかりである。そして月明かりに鈍く光る流氷。鳥影も何もない静かさが画面を支配するが、少しも寂しくはない。寡黙の中に深い豊かさと充実感がある。凛とした大気が満ちて、一穂の灯としての月影が心を満たしてくる。
福島県白河市出身の今井珠泉には厳しい北の景がよく似合う。北の風土に生きてきた画家と言えよう。そして流氷に舞う一羽のイヌワシは画家自身の心を寄せる存在であり、画業を支えてきた孤高的精神の象徴であろう。
また今作には「長く厳しい冬の先には喜びと希望の春が待っている」とのメッセージの背景に、3・11の被災者への思いがこめられていることは言うまでもない。
(中野)
