第74回春の院展より
〜精気に充ちた幽遠の世界を描く〜
日本藝術院会員
清水達三
熊野灘を眼前に、奥深い山々の宗教的聖地を背に負う、豊かな自然に生まれ育った画家は、地元の風景ばかりを描く。自然への愛着と神々の住まう地への尊崇の念も深いゆえであろう。
2年前にこの欄で、熊野灘を描いた「潮騒」(再興第101回院展)を紹介した折にも触れたが、日本藝術院賞・恩賜賞を受賞した「天神岬」(2007年度)も、2年後に藝術院会員に推挙された春の院展出品作「朝」も、そして今回掲出の作品も、いずれも郷里の自然をモティフにしている。
何事においてもそうであろうが、永い歳月を重ねたことで存分に馴染み、掌(たなごころ)に見るように十分に理解していることが大切なことだが、親しんで自分の分身のような存在の自然への深い愛情と、そこに生まれる洞察が卓抜な表現となるのだ。卓抜とは、技術はいうまでもないことは勿論だが、対象のもっともそのものらしい季節や時間、あるいは視点や構図、等々が揃ってこそであろうし、その美も一辺倒でなく、多様性もまたあるに違いない。一、二度の取材ではつかみきれない対象の秘された美、それこそが表現されて、はじめて画家冥利の喜びを覚えるであろう。
『山の中の滝』は、画家が大好きな情景と思われる、群青色を割ってまさに瀑布となって落流する滝が圧倒的である。豊かな流水が滝壷に立てる音がまわりの群青に吸いこまれて、まことに静謐な空間となっている。その静しじま寂の中で滝だけが動いている。それも滝の存在感を高めている一つであろう。
作品コメントによれば、モティフは那智の三の滝で、早春の原始林の中で流れ落ちる水の勢いと力強さを描いた、とある。
先に触れた群青色は思索を誘う色だが、自然への深い崇敬の心が精神性を強く孕ませると共に、神秘性あるいは聖性さえも感じられる。
蛇足で恐縮だが、先のコメントに、一番絵にしたいものは「水」「花々」「木々」に続いて、女性4 4 とある(傍点は筆者)。ぜひ、女性像を本欄で紹介させていただく機会があれば、嬉しく思う。(中野)
