再興第101回院展より
「崇高な精神性を…」


日本藝術院会員

清水 達三

 ―写生場所は和歌山県と三重県の間、約7キロメートルに及ぶ「熊野灘」。海岸には那智黒と名付けられている丸く黒く美しい小石が多く、波涛が満ちる波音は、他の海岸では聞くことの出来ない自然の音楽である。―
 作品に添えられたコメントである。
 和歌山県に住まう画家には慣れ親しんだ景で、これまでも郷里の自然をしばしばモティフとしてきた。日本藝術院賞・恩賜賞を受賞(2007年度)した折の「天神岬」もそうであるし、2年後に日本藝術院会員に推挙された年の春の院展の出品作「朝」も郷里の景に取材したものかも知れない。
 いずれにしても、氏の描く自然の風景画は、“永年親しんだ自然への愛情と深い洞察を思わせる表現の卓抜さ”があり、定評のあるところである。
 『潮騒』は熊野灘であり、言うまでもなく画家の郷里である。黒々とした砂浜に群青の海が白波を立てて浜に打ち寄せては返している。はるか水平線の向こう、白雲を浮かべた青空がわずかにのぞいている。それだけである。岩もなければ船影も鳥の姿もない。繰り返すが、それだけである。
 しかし、よく見れば海の群青色は細やかな濃度の違いを見せ、波の白も単一ではない。その微妙なニュアンスが画面に深みを生み、浜辺に寄せる波の斜め構成が静かな海に波と重ねてゆるやかな動きを誘っているのである。
 そのことによって、シンプルな“それだけ”の静かな海景は寂しさでなく豊かな思いを孕み、写実に終らせない奥の深さ、それは精神性と言いうる崇高さと品格を備えることになるのだろう。もちろんそうした背景には、地球創生から休むことなく波動を繰り返す海や林や森や川、たったひと粒の小石にさえ寄せる敬愛の思いがあることは言うまでもない。
 結局は、いかに生きてきたか、いまを如何に生きているかが、いかなる絵を、どんな絵を描かせるかということになるのだろう。1936年生。(中野)

潮 騒