第25回記念日工会展より
―精緻・絢爛な作品の輝き―
日展会員
日工会代表
服部 峻昇
螺鈿は、漆芸の象嵌技法のひとつで、貝殻の内側、虹色光沢を持った真珠層の部分を切り出した板状の素材を、漆地や木地の彫刻された表面にはめ込む手法をいう。中国では西周時代に初期のものが登場しており、それが春秋・戦国時代に飛躍的な発展をとげた。
日本では、古くは正倉院宝物として伝来してきた螺鈿紫檀五絃琵琶、螺鈿紫檀阮咸など、その完成度の高さに目をみはるが、奈良時代には唐からその技術が輸入され、琥珀や鼈甲と組み合わせて楽器などの装飾に使用されている。平安、鎌倉以降日本での螺鈿技術は、漆芸の他技術と併用されるようになり、安土桃山時代にはヨーロッパとの貿易によって急成長を迎えている。
江戸時代になると、鎖国政策から国内向けに転換することとなり、日本独自の伝統漆芸として奈良、京都、輪島などに息づくようになったのである。
服部峻昇氏は1943年京都の生れ。もともと漆芸の家系か、氏は20歳で日展初入選を果たしている。翌年京都の創作漆芸の巨匠・番浦省吾に師事。また、京蒔絵の上原清にも師事し、一躍頭角を表わして1972年に日展特選を受賞、工芸会に強烈なインパクトを与えた。その3年後には文化庁在外研修員として滞在した欧米で、漆を生かした現代の造形表現へ大きな示唆を受けたという。
1978年現代工芸から別れ、日本新工芸の創立に委員待遇で参加。当時藝術院会員・文化功労者であった佐治賢使に師事したことが大きな転機となり、1982年の二度目の特選受賞以降、独自の漆空間を展開していくのである。その後、創工会設立を前に日本新工芸を退会。同時期日展の審査員となり名前を峻昇に改名した。日工会の創立は1991年、氏は創立審査員として参加している。そして、翌年に第4回倫雅美術奨励賞を受賞し、一躍工芸会の花形的存在となった。その受賞記念展での精緻・絢爛な作品群には展覧者の殆どが圧倒されたが、筆者が2004年の個展に出品された玉虫香炉「瑞祥」の色彩変化が印象深く残っている。日工会代表となった今回の「サクラ サクラ」、漆芸のあらゆる技法が融合した逸品である。今後の展開が益々楽しみだ。(松)
