第48回日本現代工芸美術展より

―自然を生涯のテーマとして―

 

日本芸術院会員中井 貞次

「連 樹  160×140cm」 

 昨年12月15日、平成20年度の日本芸術院会員に就任した工芸家、中井貞次氏。その選考事由は「藍染を基調に透明度の高い色彩を生み出し、染色工芸を発展させた」であった。
 中井氏は1932年京都市の生まれ。幼いころよりいろんなものを見て歩いたり、絵を描いたり工作をする事が好きだったというが、そうした感性豊かな貞次氏をずっと見てきた兄の薦めで京都市立美術大学工芸科に入学。そこで蝋染の大家小合友之助教授と出会うのである。小合はまだ職人の域を出なかった蝋染の世界にアートを導入した先駆者であり、34歳にして文展に初入選、以後評議員となったが、母校の教授として京都工芸の近代化に大きな業績を残している。彼の「誰にでもできる方法で、誰にもできないものを創る」という言葉がすべてを物語る。中井氏はその作品と人柄に魅せられ、染色の世界に足を踏み入れたと聞く。
 そして大学在学中(S28年)に日展に初入選、卒業後は母校の図案専攻の助手(S52年教授、H8年美術部部長)となり、日展及び現代工芸美術展を発表の場として活躍、S57年には日展会員に就任し工芸家としての地位を確立した。その後、海外との相互研究、交流展にもその手腕を発揮し、H2年、日展文部大臣賞受賞、H5年には日本芸術院賞を受賞し、その後も教育文化での2度の訪中など留まることなく現代を見据えた自身の染色表現を指向し続けてきた。その地味ながらも弛まぬ努力が今回の日本芸術院会員就任に結びついたといえるだろう。
 中井氏の物腰はいたって静かである。しかし、こと染色の話になるとがぜん話しに深い熱量がこもる。本質を追及し続けてやまない生き様を感じるのである。
 氏は、29歳の時ペルシャを起点に中東、インドに2年間と41歳の時にヨーロッパに1年間、自分探しの大旅行を2度経験されている。その見聞が今「自然が生涯のテーマ」を培ってきたといえよう。「覚えれば出来る『技術』じゃなくて、ひとが真似できない自分の『表現』を私は大切にしている」との言葉は、まさしく小合師の生き様を昇華継投するものである。更なる活躍を期待したい。          (松原)