第59回日本現代工芸美術展より
―円熟さが さりげなく漂う境地―


日本藝術院会員
中井貞次

 

 第59回日本現代工芸美術展より、日本藝術院会員・中井貞次氏の出品作「旅の空」を紹介させていただく。
 2019年の1月、中井氏はこれまでの作家人生を回顧する大個展を、京都『染・清流館』に於いて〈イメージを染める〉と題して開催、日展初特選受賞の1969年「集積」、二回目特選1977年「間の実在」、日展文部大臣賞1990年「巨木積雪」、日本藝術院賞1991年「原生雨林」、その後の二曲屏風五隻の超大作「ECOLOGY」、四曲屏風「饗応 Resonance」など折々の記念碑となる代表的な作品41点が展観された。今も筆者の記憶に鮮明に残る。
 氏の作家人生の転機は、1961年のペルシャ、中東、ギリシャへの4万キロ1年半の旅に始まり、1974年の文化庁派遣在外研究員として1年間3万5千キロを走破して訪れたヨーロッパ各地の染色の産地、工房への旅。そして1978年、鹿児島大学の非常勤講師として赴任したことで、琉球諸島の風土・自然に魅かれていく。先の2度の海外体験を踏まえた中での3度目の転機、日本への回帰が新たな着想を芽生えさせたと思われる。以降の精力的な活動と躍進は周知のとおりである。日本の文化を鑑み、旅の中で体験した思いを、静かに心の奥に沈めて醸造し、究極の文様として染色の世界に再表現させる。それも日本古来の藍染めの技法を根底に。
 さて、紹介作に戻ろう。氏の作品制作は殆ど現場スケッチが原点になっていると思われる。取材地の気候や風土の匂い、香りさえ描く中に思いが閉じ込められている。特にトスカーナ地方への旅は心も解放される爽快な印象が強かったのだろう、本作もイタリアの崖上の城塞の街ではなかろうか。崖と森に守られた街。見上げると天高く広がり抜けるような空が。雲の配置が一瞬世界地図のような感覚で迫る。紛れない空の文様、それでいて現実感がある。岩の影を巧みに図案化したマッスも、樹々の重なり奥行き、なだらかな山も単純さの中にさらりと具現している。で、いちばん難しいのが建物だ。積み木にならず、質感があり、経年の歴史が感じられなければ全てが無に帰する。何の衒いもなく簡単に制作されたように見えるが、「絵」とは全く異なる繊細な技法が散りばめられている。
 数えで卒寿を迎えられたが、円熟さがさりげなく漂う境地に入られたと思われる。(松)

 

 

 

旅の空  75×103cm