今月の課題 「釣りの醍醐味(2)」 編集主幹 松原 清
前号の終わりにも記したが、中学から高専時代の釣りの記憶は殆どない。小学6年頃から急にブームとなった卓球に魅せられて田舎町に一軒ある賃貸しの卓球場に友達と通い、急に釣りとの縁が切れたように思う。もちろん、中学3年間卓球部で汗を流し、高専に入ってからも1年生からレギュラーとして四国の高専大会や高校の卓球大会(3年生迄参加可)に出場した。また、卓球に加えて高専1年から美術部、ブラバンにも所属、イッチョマエにほのかな恋も経験した。赤点60 点三教科で落第という厳しい授業内容をかいくぐりながら、よくぞ卒業できたと今更に思う。要は、釣りの楽しみよりも他にもっと興味あるものが現れたため、釣りを忘れたというのが正解であろう。
再び、釣りが身近になったのは高専卒業後、尼崎の会社(東亜バルブ株)に入社してからである。これまで一切釣りを楽しむことのなかった郷里のおやじがふとしたことで磯釣り、船釣りに嵌り、帰郷する度に誘われ同行したことが契機となった。
朝、夜明け前3時に起きて徳島の南海岸、阿南や牟岐まで車を走らせる。磯渡しの船が出るのは5時頃である。磯場には出航漁港によって異なるが、1時間から2時間かかる。初心者の頃は、眠い上に浪にうねりが加わると一変に船酔いする。冬の海だと隣の船のマストが波間に消える状態がしばしば。磯が近づくと船内でクジをひく。十何艘の渡し船の一番クジの人が決められた大きな磯に上がり、またクジをひく。決められた漁区をクジの上位から決めていくのだ。当然近日に釣果の良い漁区から決まっていく。その漁区の良い磯へ船内クジ順に降ろしてもらうのだ。磯場の良否で釣果が左右するので皆真剣そのもの。でも、子供の頃の岸壁や地磯の釣りでは味わえない興奮がそこにはあった。魚との駆け引き、なかなか上がってこない大物とのバトル。棚を変え、エサ、仕掛けも吟味する。釣りの新たな楽しみを見つけた感があった。
当然、会社に戻ってそんな話をすると、興味津々で是非行きたいと話が進む。実家は農家なので5〜6人が一度に泊まれる。この全美の仕事に就くまでの14年間で、延べ200人程の会社の釣り客が訪れた。一番の大漁は上司、同僚、私、おやじの4人でイサギ150匹(30㎝級)、アジ200匹。今でも忘れはしない。
しかし、この仕事に変わりしばらくして、おやじが脳溢血で倒れた。当然のごとく釣りは無理となり、私も取材、編集、原稿に追われ、釣りから遠のいてしまった。
孫ができ、小学生となり岸壁へ釣りに行ったことが、私に新たな釣りの楽しみ(太公望的な)を与えてくれるのでは、と密かに思っている。(完)
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円