今月の課題 美術評論と美術界(1) 編集主幹 松原 清
美術評論家の林紀一郎さんが8月25日、心不全で亡くなった。86歳であった。全美と氏との初コンタクトは30年前に遡る。弊社を神戸に移設してすぐの頃、面識もなかった林さんに新設半年後の新潟市美術館の紹介記事を同館の初代館長という立場で書いていただいた思い出がある。雪の季節クレー展を企画して1ヶ月間の会期中の入場者が5千人に終わったことがメインに綴られていた。メディアとの共催をせず単独主催としたところに甘さがあったとの反省にも増して、渋い玄人好みのクレー展に、雪の中5千人の人々が足を運んでくれたことはむしろ誇るべきことと彼独特の逆説で締めくくっている。
それ以降、上野の団体展や銀座の画廊で頻繁に氏をみかけるようになった。その頃は、個展や団体展に足を運ぶ美術関係者が多く見受けられた。まだ4大紙には専門の美術記者もいて、我々業界紙の面々は些か肩身の狭い思いもしていたのだが、現場を歩く頻度と的確な記事は決して負けないとの矜持があったことも確かである。経済バブルが膨れ上がり、絵画・美術ブームは最高潮に。政治資金が絵画の買い戻しのトリックに利用されたのもこの頃で、闇の評論家やブローカーが跋扈して裏美術の世界を構築し、画商間の三角買いで著名作家の作品が号1千万、10号が1億円を超す異常な状況がつくり出された。筆者が全美を引き継ぐ5年程前(今から35年前)、海外展での話だが、もし現地で作品を求められたらとのことで作家に作品価格を書いてもらった。中央団体展の中堅クラスで10号で100万円を超す作品がゾロゾロ。年鑑価格は日本だけしか通用しないと声を大にして言った結果である。団体展は大きく伸びたが、マンネリ化でそうした団体の役員の作品は変化なく自己模倣に近い状況となり、ひとつの大きな事件が勃発した。一水会のドン・藝術院会員の高田誠氏の作品が展示されていないのにも関わらず4大紙の一社に評が載ったのである。目録には名前が載ったが実は出品されなかった。このことは大きな物議を醸した。そして逆切れのように4大紙は団体展の評論は今後しないとの合同声明を出した。この後現在までその基本姿勢は「書」を除いて変わっていない。4大紙の評論家達は下野したが、彼らはそれでもエリート評論家として君臨して、一部を除いて、大団体の幹部御用達よろしくし活動するか、急速に増えつつあった美術館の館長として招聘され、足で会場を頻繁に巡ることはなかった。しかし、絵画ブームにのってにわか画家が爆発的に増えたのもこの頃で、画商が扱わないから自分たちで個展を開催した。また年鑑の値段を上げるためにこぞって小中堅団体に出品して高位の賞を狙った。もちろんその中に美術を生涯の友として人知れず研鑽をつむ者もいると思われるから、裾野が広がるのは一方的に悪い事ではない。が、そうした純粋に自己研鑽に励む作家たちを見守る眼(評論家)が少なくなった。鬼籍に入る者、高齢化も進むが、新規参入がない。由々しき問題だ。
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円