今月の課題 「家訓」 編集主幹 松原 清
「水むるむ 白き鳥かげ苗田かな」………
桜の時期もあっという間に過ぎ去り、新緑の清々しい季節の到来である。四月上旬の新幹線の車窓から、水を張った苗田に白鷺が舞い降りる光景にほっと見入ったおり浮んだ句だが、季語がふたつあり何とか言葉を替えられないかと少し温めていたのだが、私の語呂の貧しさは如何ともしがたく、ままよと記してしまった。どなたか添削を賜ればと都合のいいことを思っている。今は(4月末)苗も青々と育ち、田植え待ちした水田の広がりが窺える。
ひとり3時間近く新幹線にいると、急な締め切りの仕事がない場合は眠るか小説を読むかである。以前は往復で文庫本2冊は読破していたのだが、斜め読みが出来なくなりせいぜい1冊がやっと。前述したように語呂の貧しい私が文章を書くときは、好きな本を読んで文章のリズムを体にしみ込ませる必要があった。原稿書きの時間がめっきり増えたのもそのせいであろうか。しかし、本をじっくり読むと、これまで読み飛ばして気にもかけなかった事がひっかかるようになった。ある時代小説に「伊達政宗公の家訓」にまつわる場面があって、「家訓」という言葉に興味を覚えた。
「家訓」とは公家や武家、さらに時代が下って江戸時代になってからは商家でも、その家を守り立て存続させていくために、子孫の戒めとしてその家の当主が書き残して与えたもので、もともと平安時代に、学識のある公家の家から始まったといわれるが、手本となるものはすでに中国にある。顔氏家訓など、中国の家族道徳を反映したものが、日本に移植されたともいわれる。
中国は血筋と姓を重んじ、同姓の婚姻を忌避してきた歴史をもつが、家法や家学として代々伝えられてきている。日本では血筋と氏が重視されたが、封建制度の導入で「家系」から「何々家」へ。加えて信仰宗教の教えを加味しながら移行して行く。欧米でもファミリーの中での戒律はあるが、宗教上の戒めが根幹となっている。
さて、戦国時代の武将で、陸奥仙台藩・初代藩主。騎馬鉄砲隊を生み出すなど、武勇・知略・戦術に長け、「独眼竜」、「奥州の竜」などと呼ばれた伊達政宗の残した家訓を挙げよう。①仁に過ぐれば弱くなる。②義に過ぐれば固くなる。③礼に過ぐれば諂となる。④智に過ぐれば嘘をつく。⑤信に過ぐれば損をする。が最も知られているが、この後、気長く心穏やかにして、万に倹約を用て金銭を備ふべし。倹約の仕方は不自由を忍ぶにあり、此の世に客に来たと思へば何の苦もなし。朝夕の食事うまからずともほめて食ふべし、元来客の身なれば好き嫌いは申されまじ。……馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である。大事の義は、人に談合せず、一心に究めたるがよし。物事、小事より大事は発るものなり。油断すべからず。以下略。と続く。戦国の勇猛武将が以外と繊細で倹約家で料理好きなことが分る。大事の義の教えは流石。 続く。
全日本美術『今月の課題』の
1996~2005年を単行本に
全日本美術編集主幹 松原清 著
A5版 272頁 定価2000円