| 五十円切手を貼った私製ハガキの裏側。その三分の二上部に、円窓に描いた水平が際立つ景色と覚しき「九相図」。刮目するのは、以下の活字部分である。
酸素45・5�s 炭素12・6�s 水素7�s 窒素2・1�s カルシウム1・05�sリン0・7�s イオウ175gカリウム140g ナトリウム105g 塩素105g マグネシウム35g 鉄6g フッ素3g ケイ素2g 亜鉛2g ストロンチウム320�r ルビジウム320�r 鉛120�r マンガン100�r 銅80�r アルミニウム60�r カドミウム50�r スズ20�r バリウム17�r 水銀13�r セレン12�r ヨウ素11�r モリブデン10�r ニッケル�r ホウ素10�r クロム2�r ヒ素2�r コバルト1.5�r バナジウム0.2�r
これが人体、つまり「人間を形成している成分」と記され、つづいて「鼓動が止まる」「この物質たちは景色に戻っていく」「そしてまた��素�≠ノなる」という、詩のような四行が、中心揃いに並び終る。それだけの個展DMデータだ。しかし要件を充たし、まったく過不足なく美しい。何よりも、科学的思考に決定的に劣る私のウィークポイントを鋭く突く。この人間形成の成分列挙には、眼を奪われるばかり。人間はこれだけの成分で出来ている、単なる物質にすぎないのだ。死ぬということは、これら成分のどれかが欠損して行くことなのだろう。他の動物たちもまた、人間のこれら成分と数量的にいくらか異なるだけで、そう大差がないのかもしれない。
|
|
単に物質にすぎない、われわれ人間たち。それにしては、人間はなんと繊細な感覚と、鋭敏な思考器官を持ち合わせているのだろうか。けれどこれら成分のなかに、感覚や思考器官も収斂され、無と化してしまうのだ。「この物質たちは景色に戻っていく」「そしてまた画家のせめてもの祈りなのだろう。そうでなければ人間存在が、あまりにも虚しすぎる。
日々、拙宅の郵便受けに、数多く投げ込まれる個展DM。DMでもっとも注意を払うのは何かというと、いうまでもなく作品図版だ。では作品図版がすべてかというと、意外とそうでもない。作品はまあまあでも、コンセプトに説得力があったり、才気を感じさせられると、作者に会ってみたくなる。私自身が美術の人間であり、詩や文学に関わる人間でもあるからなのかもしれないけれど。たったこれだけのデータだけでも、画家の個展へ是が非でも足を運びたくなる。GALERIE SOL(銀座)「坪井麻衣子展」。8月26日から、31日まで。
この画家の作品をこれまで観たことも、本人に会った記憶もない。しかし、たった一枚の個展DMの活字部分が、こうして会場へ急行させようとしている。作品制作同様、DMづくりにもベストを尽すことが求められる。すべては、一枚の案内状から始まるのだから。 |