続・足裏庵日記(37) ― 6 号 ― 中野 中 (美術評論家)
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私の企画する『新世紀の顔・貌・KAO―30人の自画像』展の第2期が始まり、銀座、金沢、京都、神戸、平塚と順回し、間もなく最終会場の北海道が始まる。
1期と2期との差異といえば立体作品がなくなったことくらいで、平面だけにしぼった2期だが、コンセプトは同じである。 ―若い時は、誰もが自己に懐疑的でありながら常に社会の不条理に怒り煩悶し、一方で夢や理想を抱えていた。年経るにつれ、自分と社会との融点をみつけ、妥協し、それでも絵を描くことで自分のささやかなアイデンティティを探し続けてきた。
そんな人生の年輪が積み重なって、その年輪の襞のそれぞれの陰翳が、いわゆる個性を築くのかも知れない。それぞれの人生がつくるそれぞれの個性が、あらためて個(自分)と対峙して生み出される自画像は、雄弁にその人を、その人生を描き出しているに違いないし、そうした自画像の数々を一堂にすることで、その社会が、その時代性の一断面
が見えてくるかも知れない。― とすれば、 ―世界にテロが蔓延し、地球の環境破壊 |
されてきた。こうした時代に、アーティストは如何に生きるべきなのか、一介のもの書きの端くれに何が出来るだろうか。―(図録より) ところで本題に入るが、この自画像は全員6号大に定めている。4号でもなく10号でもない。6号なのである。はじめ、画家にあまり負担をかけたくない、会場にある程度まとまった数を一堂にしたい、等の理由からの6号決定であったのだが、今更ながら絶妙の大きさであったと、自分ながら感心している。
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