折々の眼(32) 「創意乏しい壁面
展示、台座で一変の彫刻」
ワシオ・トシヒコ(美術評論家)
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期待と不安がさまざまに渦巻くなか、六本木の国立新美術館がオープンし、早や半年近く経とうとしている。私も館主催の企画展はじめ、各公募団体展を足早や巡観している。何事にも初物好きなミーハー的国民性に加え、いくらか誇大宣伝気味の企画展がつづく相乗効果
も手伝い、各展会場は連日、それなりに賑わっているように思われる。とはいえ冷静な客観的評価をくだせるようになるのは、初年度でなく、むしろ明年以降になるだろう。
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あるのだ。そのことを明確にしっかり認識し ている団体が、いったいどれほどあるだろうか。その点「国展」は、画面
の大小を問わず中心線揃えを展示の基本としていて、眼に快った。観る視線は、無意識のうちに画面
の中心にまず投げかけられ、無意識のうちに画面の中心にまず投げかけられ、それから四方へ広がって行く。したがって、互いに展示される画
面の中心線が上下にブレないことが鉄則だろう。下揃えなど、もってのほかだ。すべて等間隔に並べるのも、あまりに凡庸すぎる。同一作家作品の場合、互いに間隔を狭めて寄せ合うことにより、次の作家作品との間隔を広くして区別
化を図る必要がある。つまり作品別でなく、作家別に展示する方が全体にメリハリが効き、美しく観える。
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