折々の眼(31) 「世界的ギャラリスト・アネリー・ジュダ逝く」
ワシオ・トシヒコ(美術評論家)
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旧知の詩人佐藤文夫さんを介し、白石かずこさんから拙宅へ電話があった。彼女はいうまでもなく、日本を代表する詩人の一人であり、詩朗読のパイオニア的存在だ。
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までハミルトン・ギャラリーでそれぞれアートディレクターとして頭角を表わす。1967年、ついに独立。オーナーとして、アネリー・ジュダ・ファインアート・ギャラリーを立ち上げる。ディレクターからオーナー時代全体を通
し、関わった作家は綺羅星の如く眩ゆい。ロシア・アヴァンギャルド、イタリア未来派、ドイツ・ダダを初め、コソッフ、ココシュカ、カロ、モンドリアン、クリスト、ホックニー、ナッシュなど、いずれも前衛的作家ばかり。日本人にも関心を示し、篠田桃紅、舟越桂、川俣正などに手を差し伸べたことはよく知られる。いっとき東京進出を考えたこともあるらしいが、女性として日本固有の商習慣になじめず断念した。白石さんによると、常にりんとした前向きの姿勢を崩さず、階段なども大股でどんどん上がる気丈夫なタイプとか。80歳代になってもスキーを得意とし、亡くなる直前まで自ら運転、ドライブを楽しんだらしい。
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