続・足裏庵日記(24) ― 1962年 ― 中野 中 (美術評論家)
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季刊雑誌『考える人』(新潮社)が「1962年に帰る」という特集を組んでいる。―1962年すなわち昭和37年は、60年安保と、東京オリンピックの64年の谷間で佇むような、特筆大書されることのない1年だったかもしれません。しかし子細に目を凝らしてみると、この1年の日本および日本人には、何とも言えない初々しさ、凛々しさが漂っていたのではないかと思えてしかたがないのです。デザイン、雑誌、映画、広告、小説、テレビ、歌謡曲……垣間見える文化状況には、私たちが失ってしまったものがまだ光り輝いていた、と考える特集。―です。
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東京は世界初の一千万都市になり、2年後の東京オリンピックに向けて解体と建設の塵埃と騒音の坩堝と化し、建設中の銀座交叉点の三愛ビルの地価が坪420万円に高騰して話題になった。今や当たり前のタレント議員の第1号藤原あきが全国トップ当選したのが7月、街には植木等の「スーダラ節」が流れ、8月には堀江謙一が世界初のヨットによる単独太平洋横断の快挙、富士ゼロックスが国産初の電子複写
機を完成、コピー時代の幕開けとなり、秋にはキューバ危機で米ソ核戦争か、で少々緊張したりした。
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