アトリエ訪問

新連載 第14回



アトリエ訪問 新連載 第14回
洋画家 糸井邦夫さん
 ― 人の香りただよう“情景画”―
訪問者:中野 中


 正月があけて寒い冬晴れの一日、狭山市(埼玉県)のお宅へおじゃました。新宿から西武線で一時間弱、もより駅から車で10数分、狭山茶畑の緑に目をやすめながら、静かな住宅街にたどり着いた。
 京都に生まれた糸井さんは、父(整紙関係の科学者)の転勤の度たびに日南市、米子市と移転し、中学卒業のときに上京した。絵を好きだった母の影響もあるのだろうが、小さい頃から絵を描くことが好きで、友達と遊ぶよりも絵に夢中になったのも、転勤と社宅住まいという環境もあったのだろうか。
 高校時代、建築家に憧れ、3年生でデッサンを学び始めた。これが絵画への入口となり、美術大学へ進んだ。以来、半世紀の画業になるが、
 “いろんなことをやってきたが、どれも楽しくもあり、苦しくもあり、描く場所も移り変わりしてきたが、一貫して描くという意識はハッキリしていた”
 と、“描く”ことに少しの迷いもなかったと言う。
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アトリエにて
額枠も整理棚もたいがいのものは自分で作ってしまう。

 

 自分らしいスタイルを求めて、迷い悩み、次なるスタイルを追っているうちに、大事な何かを置き去りにしてしまっていることに気付いた。大事なことは画学生のころに抱いていた素純な思いや、小さい頃に感じた自然の気配や建物のぬくもりなどではなかったか、と。
 昨年の現代童画展の出品作「マラソンの日」(本紙12面)は、青、緑、赤、黄色に色面分割された空間に、アスリートたちがこちらへ、引っ越しトラックは向こうへ走り、一番の蜻蛉が飛んでいる。この組み合わせが良く解らないながら、情愛や懐しさを感じるし、“作品はどうや”と画家に問いかける犬のドヤ顔には、糸井さんならではのウィットとユーモアがある。
 ふつうの風景のようで人の匂いのする絵、どこかおかしげな光景―それが糸井絵画の味であり、魅力なのだ。

中華祭り 2018年(第44回現代童画展) 193.9×390.9cm アクリル

 掲出の「中華祭り」は真中の120号と両側の100号2枚を組合わせた変型大作。横浜中華街のお祭りに触発され、構想し制作した。何とも濃厚、濃密な彩調ながら、構成の巧みな工夫によって、風通しは良い。
 一転して、「空海」は単独人物を描いた、糸井さんにしては珍しい、真っ直ぐな作品で、精神性の強い作品だが、ここには壮大なドラマがある。
 人にはドラマがある。まして男と女が出会えばそこにロマン(物語り)が生まれ、別れがあればドラマになる。街の中でも自然が舞台でも、出会いと別れがその光景に人の香りや翳りを漂わせる。それが糸井邦夫の“情景画”だ。




空海 2020年(第46回現代童画展) 194×260cm アクリル

 

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 1948年京都市生。69年武蔵野美術大学実技専修科入学。73年同研究科卒業。76年第1回現代童画展出品。77年初個展(日本橋、環)。現在、現代童画会常任委員、副会長。