久しぶりだ。30年、否40年近くになるかも知れない。都心から北へ30キロ圏内の近郊住宅都市である。江戸時代は日光街道粕壁宿の宿場町で、古利根川の舟運をもとに商業と交通の要地として発展した。往時を偲ばせる古利根川の支流の堰橋を渡った先にアトリエはある。
玄関を入ると、三和土はコンクリートで、ここで制作をする。作業場といった様子である。そこから一段と上がった板床の広い部屋に大きな天板の卓と脇に小ぶりの卓がある。壁面は棚や本棚をめぐらせ、仏像写真のピンアップや作品等々が埋め尽くしている。
奥の小部屋にはベッド兼用のソファが置かれ、制作に追われると連泊することになり、炊事コーナーも別に設けられている。自宅は同じ市内にあり、普段は車で通勤している。裏の庭には紅白の梅樹や藤棚等があり、一隅にひと抱えもある円筒がある。石灰を細やかに砕き撹拌するミキサーだ。
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アトリエというよりも作業場のよう。
足場の上に大・小のコテが置かれている。
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金森さんは奈良市富雄の法融寺に二男として生を受け(1946年)、中学・高校時代は若草山のふもとに広がる奈良公園の折々の四季のなかで、1300年前の寺院伽藍跡などを満喫する日々を送った。感性に響く刺激を楽しみつつ飛鳥京、藤原京、平城京と続いた古いにしえに多感な少年の心は多様な想像を膨らませていたことだろう。画家の道を目指した当初から、今に続くモティフは宿命のごとく、用意されていたのだ。
東京芸術大学に入学し、油画科卒業後、さらに大学院で壁画科に学んだ。古い寺々の仏像や壁画に馴染み、身近な存在であった彼は、すでにそれらを描こう、それにはフレスコ画による肌合いが自分の想いを引き出すのに格好な技法と、決めていたのだ。
フレスコは、現在では漆喰壁に描かれたいっさいの壁画を指していうが、金森さんの手法・手順は、まず漆喰の練り作業から始まる。その日に描く分だけの漆喰を壁に塗り、生乾きのうちに、あらかじめ用意しておいた原寸大の下絵(シノピア=輪郭線にそって穴をあけたトレーシングペーパー)を重ね写し、水で練った顔料で乾燥しないうちに描画する。顔料は漆喰に組込まれ一緒に固型化するから大変堅牢な画面が出来上る。ただ一回の作業は時間的に制限されるため、大作ともなれば数日にもわたり掛かりきりとなる。部分部分を短い時間で完成させながら、後で修正のきかないこの画法では、特別な熟練のほか、綿密な計画性、すばやい判断力と描写力が必要である。そのぶん、この素材による色感は特別で、透明な色彩空間と微妙な明暗の表現に適している。
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「飛翔奏風」(フレスコ) 2.5×5m 1988 年(秋田市・S 病院ロビー壁画)
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「室生寺」は昨年末に開かれた個展(日本橋・三越本店)で発表された150号の大作で、会場でひときわ光彩を放っていた。
金堂に安置された釈迦如来像を中心にした五体の仏像へのオマージュ作品で、金森さんがもっとも得手とするモティフであり、血となり肉となり心一体の世界である。
*独立美術協会会員。千葉大学名誉教授。
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室生寺 150 号
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