|
アトリエ訪問 新連載 第7回 |
|
アトリエ訪問 新連載 第7回 |
| 行田市(埼玉県)は関東平野の西端に近く、市街地をはずれると広々と田畑が広がっている。また歴史文化遺産も多く、金錯銘鉄剣(国宝)等が出土した稲荷山古墳など国内有数の古墳群(5世紀末〜7世紀)や、戦国時代に石田三成の水攻めに耐え、関東七名城に数えられた忍城の遺構、あるいは近代に入って発展した足袋産業をしのばせる白壁の土蔵が散見される。 そうした歴史ある行田で10数代になる柳川さんのお宅は周囲が畑地に囲まれてゆったりとした構えだ。庭には五葉や黒・赤松が7、8本、槐、月桂樹に紅葉、いまを盛りといくつものつつじが彩りを添えている。 庭の一隅には材木が積まれ、隣接するプレハブの大きなアトリエは、初期からの数々の作品であふれかえっている。 |
|||
|
|
|||
| 彫刻家を目指す人は誰もがそうであるように、粘土捏ねに始まり、まず塑像をつくり、そして石や鉄など様々な素材を試みながら、自分の専科を決めていくのだろう。 柳川さんは30歳を過ぎたころ“木”を相棒にすることに決めた。そして大きな音を立てても気がねなく制作できるように生家に戻ってきた。 なぜ、木にしたのか。今更ながら思い返せば、木の優しさをはじめ、自然をより豊かに感じた、言い詰めれば“相性”が良かったということだろう。理屈よりも感覚、感性が勝ったということだ。 |
|||
|
|
|||
| 掲出作は昨年の個展発表(銀座6・ギャラリー志門)作品である。 |
|||
|
|
|||
| 両作品とも、丸太が持つ表皮の表情や量塊感、あるいは節や空虚をも活かし、その自然を想起させる部位と、丸太の塊から柱・板・円と段階的に切り出したエッジの立ったパーツとの構成により、情緒性と物質性を調和させている。 |
|||
*1957年埼玉県生。東海大学教養学部芸術学科卒業。フェスティバル、コンクール、企画展に意欲的に出品。99年以降、個展11回開催。 |
|||
|
|||
| |
|||